篠崎広哉の父、正人の携帯電話が鳴ったのは、一つの商談が終わり、運転手付きのリムジンで都内を移動している時だった。
 電話をポケットから取り出し、画面を見ると、IDMからだった。
 確かに、毎日、広哉からもIDMの人間からも連絡が入る事にはなっている。だが、この時間にそれが携帯へ来た事はこれまで一度もない。
 不吉な予感とともに、正人は電話に出た。
 受話器の向こうにいたのは、兵藤極東指令であった。
 彼が沈痛な声とともに伝えてきたのは……。
「はい……そうですか。……はい……分かりました。よろしくお願いします」
 極めて冷静な声で正人は応じた。だが、電話を切った後、手に力が篭るのと、小さく声を洩らすのだけは抑えられなかった。
「どうかされたのですか?」
 正面を見たまま、運転手が聞いてくる。
「いや、何でもないさ」
 たった数秒で正人の声は落ち着きを取り戻していた。彼の迷いは日本経済にさえ影響する。どんな理由であれ、自分を保ち続けなければならない。
 正人はそうやって今までやってきたのである。



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