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桜の木の下で……(中) 脚本 毬谷敦子
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3.桜の木と妖魔 「教授兄さん、嘘ついてたでしょ?」 夕食の後、縁側に座って何かを考え込んでいるように夜の庭をぼんやりと見ていた兄に、そっと話しかける麗奈。 「……どうして分かった?」 「兄さん、ポーカー以外の事で嘘つく時って必ず両方の眉が少し上がるの」 兄の隣に腰を下ろしながら、麗奈は少し悪戯っぽく笑う。 「麗奈には敵わないな…………」 教授もつられたように少しだけ口元を緩めると、右手に持っていた小さなロケットを妹の方に差し出した。 「大槻彩乃(おおつきあやの)先生。僕が高校2年の時、生物を教えてくれた先生だ」 ロケットがかちゃりという小さな音とともに開くのを待って、教授が告げる。 アクアマリンを基調とした清楚なアクセサリーの中では、黒髪をストレートに伸ばした理知的な感じのする女性が軽く微笑んでいた。 「この先生が智ちゃんの言ってた……?」 麗奈は何故か全てを口にするのが憚られるような気がして、皆まで言わずに最後の方の言葉を濁す。 写真の中の女性は非常に整った顔立ちをしていて、同姓であるある麗奈の眼から見ても綺麗な人だと思えたが、その美しい相貌を根本から否定するかのように首筋から胸にかけて乾ききった血の痕が張り付いていたからだ。 「遺跡から発掘された遺体の検証をお願いしたりして、親しくしている法医学の先生からこんな事を聞いた。首吊りをちゃんと鑑定できるようになったら、一人前の検死官だと。 その先生に是非、大槻先生の遺体を検死してもらいたかったよ」 「兄さんは、自殺じゃないって思っているの?」 どこか皮肉を交えた調子で呟く兄の真意に気がついた麗奈が、驚いたように眼を大きく見開いて尋ねると、教授は間髪入れずに首を大きく縦に振った。 「知識があれば、他殺を自殺に見せかけるのはさほど難しい事じゃないらしい。 それに、大槻先生には自殺するような理由が全くなかったし、もっと言えば理由もなしに自ら命を断つような人でもなかった。 従って警察も当初は自殺・他殺両方の線を考えていた。理由の一つが、写真の血痕だよ」 教授はそこで、麗奈の手の中にあるロケットに視線を落とした。 「この写真は見ての通りパスポートとかに使う証明写真で、亡くなった先生の胸ポケットに入っていた。鑑識が調べたところ血液型が先生とは一致しなかったので、少なくとも大槻先生の血ではないという事になる。 だけど、先生の血じゃないという事は分かっても、一体誰の血なのかという事は分からない。他殺だというかくたる証拠も目撃者も出ないまま検死官は自殺と断定し、警察の捜査もそこで打ち切られた。 でも僕は、自殺じゃないと今でも思っている」 「……好きだったの、その先生の事?」 何時になく語気と表情を強めた兄の態度を見て、妹が少し躊躇いがちに尋ねる。 触れない方がいいかもしれない、という思いが一瞬頭の中を過ぎったからだ。 だが麗奈の心配とは裏腹に、教授はそこで表情をふっと和らげた。 「好きだったよ。だから、自殺だなんて信じたくないだけのかもしれない」 教授は静寂に包まれた庭へ、そして下界に住むものを慈しむかのように輝く三日月へと穏やかな眼差しを向けた。 「何時だったか、あの桜の木の下で先生はこう言っていたんだ。 真実は確かにこの世の中のどこかに存在するけど、自分の目の前にあるものが真実かどうかは厳密に言えば誰にも分からない。ただ、それを信じる事でそれが真実だと思い込んでいるだけなのかもしれない……と。 そう考えると、本当は僕が知らなかっただけで先生も何かを抱えていたのかもしれないな。この世に別れを告げたくなるだけの何かを」 「兄さん…………」 妹に語るというより自分に言い聞かせるように呟く教授のどこか自嘲するような、少し寂しそうな姿を目の当たりにして、麗奈は胸を痛めないではいられなかった。 麗奈と教授は血の繋がった実の兄妹ではない。だからこそ、本当の兄妹よりも強く互いの事を案じあっている部分があるのかもしれない。 そんな妹が兄に告げるべきふさわしい言葉を探している時、不意に電撃が走るような感覚がその華奢な身体を駆け抜けた。 |
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「うちの学校に現れるなんて、なかなか良い度胸してるじゃないの!」 「今夜は『ルージュリンクス』の映画版があるから、さっさと片付けちゃいますよ!」 麗奈よりも一足早く、聖鈴学園への妖魔の出現を察した綾瀬恵梨と神代沙希がそれぞれの装甲神・グリファリアスとグランクロスに巨大妖魔への攻撃を指示する。 相手は鬼女のような仮面と天女の如き羽衣を身につけた、何処となく妖艶な感じのする女性のような体格をした人型妖魔だ。 その妖魔は獣王と空王の存在にも微動だにせず、ただ夜風に身を任せ、纏った衣を闇の中に棚引かせている。 先手必勝とばかりに『マキシマム・レイ』と『獣王疾風斬』を放つ二大装甲神。 |
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しかし、あろうことか妖魔は攻撃をかわす素振りすら見せない。 それもそのはず、二体の放った光の矢の群れと鋭いかまいたちは女性型妖魔の身体を通り抜けて、夜の闇の中に吸い込まれていく。 「……一体、どういう事なの!?」 恵梨は驚いて妖魔の姿を凝視する。その驚きには二重の意味が込められていた。 攻撃が素通りしてしまったのももちろん、目の前の妖魔にはいつものような破壊的な行動に出る雰囲気が一切感じられないのだ。 装甲神たちも戸惑いを見せていたが、目の前の妖魔を放って置く訳には行かない。 それぞれの必殺剣で今度は接近戦を挑もうとした刹那……赤い光が妖魔と装甲神の間に降り立ち、二大装甲神の行く手を阻んだ。 グランクロスとグリファリアスも徐々に姿が露わになる『妨害者』の前には、戸惑いながらも歩みを止めざるを得なかった。 何とそれはドラグカイザーだったのだ。 「攻撃は……待って!」 「…………ドラグカイザー!?」 「麗奈さん、どうしたんですか?」 赤き龍王・ドラグカイザーの手の中にいる麗奈は沙希の質問には直接応じず、己の装甲神ごと妖魔の方へと振り返ると、その異形の者へと話しかける。 「……答えて! あなたは、大槻彩乃先生なんですか?」 だが妖魔はやはり身じろぎ一つしないまま、陽炎のように夜の闇の中へと消えていく。もちろん麗奈の問いかけには答える事なく。 |
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