桜の木の下で……(前)

脚本 毬谷敦子
1.教育実習生
「今日からうちのクラスに教育実習生の先生が来るそうよ」
 朝のホームルーム前。
情報通を自認している時丘智子が、いつものように御国守麗奈に話しかけていた。
「ふーん、どんな先生なんだろう?」
「話によると生物と歴史を受け持つんだって」
「生物と歴史、か。……ちょっと変わった組み合わせだね」
「うん、でもハンサムな人だったら何でもOKかな?」
 祈るようなポーズで両手を胸の前で組み、智子が期待を込めた瞳を輝かせた時、
彼女たちの担任である西村しのぶ先生が一人の若い男性をつれて教室に入ってくる。
 眼鏡をかけてちょっと線の細い感じの、全体的に穏やかな雰囲気を身に包んでいるその男性の顔を見た直後の麗奈と智子の反応は対照的だった。
「ちょっと、ちょっと。なかなかいい感じの人じゃない? ……ん? どうしたの麗奈?」
 囁くような小声ながら嬉々としたものしっかり含ませている智子が麗奈の顔の前で何度か手を振っているのだが、
それに構わず麗奈はあんぐりと口をあけてニコニコ笑っている教育実習生の先生を半信半疑の眼で見つめていた。
 学級委員の柴田が号令をかけて朝の挨拶が終わった後、西村先生はすぐに傍らの男性の紹介を始める。
「皆さんに紹介します。三週間ほどこのクラスで教職課程の実地研修を行う事になった
  京楠大学の御国守教授(みこくもりさずく)先生です」
 ちょっとハスキーな西村先生の声が教室に響くや否や、クラス中の視線が一斉に麗奈の方に集まった。
『御国守』なんて名字がそうそうあるわけない事など、皆良く承知しているのだ。
 そこにダメ押し的に西村先生の一声が。
「皆さん気が付いていると思うけど、御国守先生はこのクラスの御国守麗奈さんのお兄さんなんです。御国守先生は、
まだ学生さんですが御専門の分野ではなかなか面白い研究をなさっているそうなので、楽しみにしてください」
 そうなのだ。麗奈はすっかり忘れていた。
 彼女の兄・教授が『ちょっと変わった組み合わせ』を実践している人だという事を。
 教授が専門としている微古生物学は、遺跡で発掘された出土品を顕微鏡レベルで分析し、
必要に応じて付着している遺伝子の解析までやってしまうという、まさに考古学と生物学のハイブリットみたいな学問なのだ。
「御国守教授です。どうぞよろしく」
 いまだにぽかんとしている麗奈を余所に、教授は微笑を浮かべたまま深々と頭を下げた。
 京都にいるはずの兄が目の前にいる事がいまだに信じられなかったのだ。
 
 

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