<同日午後3時45分 京都市上京区晴明神社前>
「光…………」
 絶望と悪意に満ちた闇が覆い、街から上がるのは立て続けに起こる黒煙や爆発ばかりで、
人々の悲鳴や助けを求める声が飛び交う地獄絵図さながらの光景を、その端整な顔に憂い
を色濃く滲ませていた安部晴明が呟いた一言に、『夕顔の若女将』は最初自分の耳を疑った。
 だが、しかし高名な陰陽師の聖霊は確信と安らぎに満ちた目で、平安神宮の近くで仁王
立ちのように立ち尽くしている巨大な石像の方を見つめていた。
 その石像に向かって、淡い光のヴェールが天から舞い降りていく様を。

 激しい音を立てて自分の後ろで建物がまた一つ崩れ落ちていったのを、揺らめく赤い炎の照り返しを浮けながらカイザーは感じていた。
「どうして、あの子には教えなかったの?
 戦巫女が自分自身で封じた装甲神を再び復活させる方法を……」
 鮮血で濡れてしまった剣を放り投げたカイザーの両腕には、自分がたった今切り捨てた少女・マリアの身体が横たわっている。
「……失いたくはなかった。自分の大切な人を、もう二度と」
 罪を告白するような声色で言葉を紡ぐカイザーの身体は、微かに震えていた。
「愛してるのね、あの子の事を」
 ああ、と短く頷いたカイザーは、そこで初めて少女の顔を覗き込んだ。
 ややウェーブがかった美しい栗色の髪を炎が巻き起こしている風にゆらゆらと棚引かせながら、
 自分を見つめている少女の瞳はどこか寂しそうではあったものの、とても穏やかな表情を漂わせていた。
「だったら、どうしてあの子に悲しい思いをさせて『眠ろう』としたの?
あなたはあの子の命を助けたつもりかもしれないけど、それはかえってあの子を苦しめてしまった。
結局、あなたは自責の念から逃れたかっただけなのかもしれない」
「それが……わたしの『罪』か?」
「あの子の命の火は、今消えかかっている……償いたい? 自分の罪を」
 カイザーの問いかけを事実上肯定したマリアは、新たな選択を彼に迫る。
 だが、それに対するカイザーの答えが聞くまでもない事をマリアは分かっていた。
「……わたしも自分の犯した過ちを償いたい。だから、あなたに最後の力を貸すわ」
「マリア………………」
 カイザーの言葉に、彼女は迷う事なく首を縦に振った。
「『今』の私は身体も心も全て、彼女のところに置いてきてしまっている。
 だが『この』昔の私でよければ……君の近くにいるよ、ずっと…………そばに」
 カイザーが少女の胸に顔を埋めるようにして華奢な身体を強く、そして優しく抱きしめると、マリアもまた「うれしい……」と涙声で呟きながら装甲神の首に腕をかける。
 そうして何も語り合おうとはせず、しかし満ち足りた表情を浮べながら互いの額を重ねて固く寄り添いあうカイザーとマリアを、周囲を舞い踊っていた紅蓮の炎が包み込み、二人の身体を黄金色の光へと昇華させていく……。
その光の中で、カイザーは一言だけ呟いた。
「グッバイ、マイ・フェア・レディ……」と。

<同日午後3時46分 京都市中京区平安神宮付近>
闇の支配者・アヴァタールが己の勝利をゆるぎないものとすべくその忌むべき触手を束ね、生き絶えようとしている赤き龍王の身体を麗奈ごと貫こうとするのを、止める事が出来るのはその場には誰もいなかった。
残りの装甲神たちは動く事すら出来ず、沙希たちの手の中にある特殊ライフルもまた邪龍神の前にはまるで歯が立たず、
ただいたずらにカートリッジを使い切るばかりだった。
「……お願い、避けて!!」
 そんな彼女たちに残されている術は、涼子のように両手を胸の前で組んでただ祈ることだけだったが、その願いをも無慈悲に打ち砕くかのように、ドラグカイザーは鋭い触手の前で無防備な身体を曝し続けているままだった。
 触手の先が赤き龍王の胴に触れようとした瞬間……全ての希望を暗黒に塗りつぶすアヴァタールの煉獄の咆哮と、
麗奈の名を叫ぶ仲間たちの絶望に満ちた声が同時に響く。
 その直後、淡い光のヴェールが石像と化したままのカイザーの元へと降り立ち、
まるで時間を止めたかのように居合わせた全ての者の注意を集めた。
「光…………?」
 沙希がそう呟くとともに、淡い光は眩いばかりの輝きを纏ったヴェールとなり、
石像だけでなく傷つき倒れたままのドラグカイザーをも包み込んだばかりか、龍王の身体を狙っていた魔の手をも邪神の元へと弾き返した。
 この戦いで初めて、恐れ戦くように叫びつつその触手で成長しつづける光を遮ろうとするアヴァタール。
 その様子を余所に、荘厳な波動音を伴いながら一本の巨大な柱へと姿を変え、天高く伸びていく光。
 光の余波が柱の回りにあるものを全て黄金色に染め上げている中で、
その影響を受けている恵梨が思わず「綺麗……」と呟く。
 もちろん、柱の中心に『居る』麗奈にもその輝きと暖かな光は届いていた。
「……この光は…………?」
 聖なる光に満たされた空間の中で、目覚めた麗奈は立ち上がろうとしている自分に、
そして実際に立ち上がる事が出来た自分に半信半疑の表情を浮べた。
 邪龍神の攻撃に蹂躙され、指を動かす事すら叶わなかった彼女の身体から、
戦いで受けた傷や痛みが一切剥がれ落ちているのだ。
 すぐさま、彼女はすぐにハッとした表情になって上擦った声で叫んだ。
「カイザー……カイザーなのね!」
装甲神の存在を間違いなくその肌で感じている事に、彼女は気が付いたのだ。
 自分がカイザーの中に『居る』ことに。
「そうだ…………私は君の傍にいる。麗奈……」
 彼のその一言とともに、光の柱はガラスのような音を立てて弾け飛んだ。
 まるで太陽が爆発したかのような強い閃光が、大地を、空を駆け巡った後、光の柱が立ち昇っていたところには、
元のように淡いがどこかしら神秘的な光を全身に纏い、光り輝いている龍王の勇姿があった。
 無論、先程までのボロボロに傷ついた姿ではなく、その両目には爛とした力強い輝きが再び宿っている。
「行くぞ、麗奈」「分かってる……!」
 ゆっくりと顔を上げて闇の空に巣食う悪の化身を一瞥した二人は、目指す邪龍神の方へと勇ましい轟音立てて大地を蹴る。
 突如出現した光り輝くドラグカイザーの放つ光を浴びて、
狂ったように吼えるアヴァタールは龍王に向かってただ闇雲に光の針を放ち続ける。
その邪悪な雨をもろともせず、攻撃と爆風が交互に襲う中を地面を揺るがしながら駆け抜けるドラグカイザー。
邪龍神のちょうど真下まで来た時、輝く龍王は二つの翼を広げて空へと舞い上がった。
最後の光の針の群れが足元で次々と炸裂し、それによって生じた爆風を追い風にするようにしてアヴァタールめがけて突き進むドラグカイザーの右手が前へと突き出される。
「はぁああああああっー!!」
 闇を切り裂いて進むドラグカイザーの中で重なり合う、麗奈とカイザーの声。
 全ての力を振り絞って繰り出される二人の気迫の前には、何とかその前進を妨げようと繰り出される邪龍神の触手など敵ではなく、ドラグカイザーの身体に触れる事すら出来ずに龍王の放つ光にぶつかるだけで粉々に砕け散っていく。
「邪悪なる闇よ…………」「わたしたちの前から消え去れ!!」
 ついに邪龍神の頭上にまで到達したドラグカイザーの右手にその全身を覆う光よりももっと純粋で、もっと神々しい光の剣が生み出されたのと同時に、麗奈もまた譲り受けた扇子に闇を切り裂く刃を作り出して両手で正眼に構える。
「『破邪の一閃』!!」

その聖なる力を宿した言葉と共に、麗奈とカイザーが手にした剣を縦に一閃する。
 刹那、アヴァタールと比べればその片眼ほどの大きさでしかない筈のドラグカイザーから放たれた光の刃は、
闇そのものであるその身体を真っ二つに切り裂いていた。
 切り裂かれたところから刃と同じ眩い光を発しつつ、地獄の底から響いてくるような身の毛もよだつ恐ろしい声で悲鳴を上げる
邪龍神……その断末魔の姿を、剣を振り下ろしたままの姿勢で見上げる光輝の龍王。
 そして、最後の抵抗か何度も麗奈たちの耳に響いてきた、あの禍々しい咆哮を上げた後……
閃光を四方に散らせながら邪龍神・アヴァタールの身体は四散した。
 己が生み出していた闇の世界を巻き込みながら。
「本当に……」「勝ったんだよね!?」「わたくしたち」
 空が割れてしまうのではないかと思うほどの閃光と轟音に、
思わず眼と耳を塞いでいた沙希たちが自分たちの感覚を取り戻した時、
邪龍神の名残のような澱んだ雨雲を突き抜けて差し込む薄日が、闇が払拭された空に佇むドラグカイザーの姿を照らしていた。
 その自然の光を確かに感じたか、
今だ光り輝く姿のままの龍王はゆっくりと輝きを取り戻しつつある太陽の方へと顔を向けると、
手にしていた光の剣を天高く放り投げる。
 放物線を描くようにして宙を舞った剣は霞みのように柔らかな光となって空一面に広がったかと思うと、
そのまま光の雨として地上に降り注いでいった。
 その光の雨は闇の力によって深く傷ついたものたちを皆元通りに癒していく。

 傷ついた人々・倒壊した建物・踏みにじられた植物・荒れ果てた街……妖魔たちとの戦いでボロボロになった装甲神たち。
 もちろん、詩織が強く抱き寄せている神楽の冷たい身体にも、その神秘の雫は彼に再び温もりをもたらした。
「神楽…………目を開けてくれよ」「いや……開けようにも先輩の腕が邪魔して…………」
 えっ!? という表情を作った詩織が神楽から離れると、それまでピクリとも動かなかったその上半身がゆっくりと起き上がった。
「おまえ……死んだんじゃなかったのか?」「たまにはこういうこともあるでしょ?」
 あはは、と笑おうとしたした神楽の顔を、今度は詩織の胸が塞いだ。
「良かったよ…………本当に。心配したんだぞ………………」
「それはこっちの言うべき言葉ですよ、先輩……」
 すすり泣きながら自分に飛びついてきた詩織を、神楽は少し戸惑ったような表情を浮べて躊躇いがちに……だが、
しっかりと彼女の身体を抱き返す。
 やがて、全ての役目を終えた光の雫たちがその痕跡を残す事なく消えていった時、
ドラグカイザーの身体からも黄金色の輝きは失われていた。
 その代わりにその名の通りの赤い光を身に纏いながら、赤き龍王は地上に向かう一筋の光となって天空から姿を消した。
 そして次の瞬間、地上には跪くような格好で片膝を付いた赤き装甲神とその掌で守られるかのようにして横たわる少女の姿があった。
「……全て終わったよ、麗奈」
 優しいその声に促されてうっすらと両目を見開いた麗奈の視界に、自分に向かって微笑みかけているカイザーの顔が映る。
 もう絶対に会えないと思っていた笑顔……それが自分の目覚めを待っていてくれた。
「カイザー……カイザーっ!!」
 涙で表情をくしゃくしゃにしながら、その名を二度繰り返した麗奈はカイザーの掌から身を躍らせると、
両腕を伸ばしてその顔をしっかりと抱きしめる。
「麗奈……」
 カイザーもまた彼女の名前をその耳元でそっと囁くと、その華奢な身体が自分から決して離れぬように両方の手で覆い尽くした。

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