〜エピローグ〜

<12月24日午後7時14分 兵庫県神戸市中央区フラワー通り>
「どりゃー! シルバリオンハンマー!!」
 勇ましい掛け声と共に、沙希が手にしたピコピコハンマーでモグラの巣を力一杯叩くが、ターゲットは彼女をあざ笑うかのように全く正反対の位置から顔を覗かせている。

「だぁー! もう沙希ちゃん反射神経鈍すぎるよ!! 貸して貸して!」
「ダメですぅ! 今は沙希の番ですぅ〜!!
 次は絶対に逃しませんよ〜 必殺! 銀狼満月叩き!!」
「……何やってるんだ、君たちは」
 アミューズメント店のモグラ叩きにヒートアップしている沙希と恵梨の二人に、御国守教授が呆れ顔で声をかけた。
「せっかく神戸まで来ているのですから、もう少し他の楽しみ方もあるのでは?」
 買ったばかりの真新しいガイドブックを手にしている涼子も、苦笑しながら二人をたしなめようとする。
 今日一日、詩織と神楽も交えて京見物を楽しんだ一行は、那魅の勧めもあってルミナリエの開催期間中である神戸へと急遽足を伸ばす事にしたのだ。
 ルミナリエとは阪神大震災からの復興や平和への願いを込めて、希望の灯火に見立てた美しい電飾でライトアップされた建物を眺めて歩く神戸市の催し物の事である。
「いや、だって……」
 ハンマーを握り締めたままの沙希が、恵梨と顔を見合わせて意味深に頷きあった。
「何となく、そっとしておきたいじゃない?」
 ちょっとはにかむような表情を見せている恵梨はまずは斜め向かいにある英国風のパブを、そしてその手前にある神戸市役所前の広場へと目配せするような視線を送った。

<同日同時刻 兵庫県神戸市中央区パブ『キングスアーム』>
「ラガーとギネスのハーフ・アンド・ハーフ」「僕にも同じものを」
 クリスマス・イブという事もあり、店内は非常に込み合っていた。
 そんな店のカウンターで神代詩織と神楽悠馬は隣り合って座っているのだから、傍目から見ればカップルと思われているかもしれない。
 だが、このカップルは注文した後、互いに顔を見合わせることもなければ言葉を交わすこともなく、運ばれてきた麦芽色の飲み物をただ黙々と喉に流し込んでいた。
 英国の伝統を守って作られたハーフ・アンド・ハーフは極端に冷やされる事はなく適度な温度のまま放置されているために、一気に飲み干したとしても頭を突き刺すような冷たさを感じる事はない。
「何故、あの時『あたし』を撃たなかった?」
 長い沈黙を破って口を開いたのは詩織の方だった。
 その間までに二人のジョッキはほとんど空に近づいていた。
「聞いていたんでしょ? あれが全てですよ。それ以上でもなく、それ以下でもなく。
……先輩、まさかとは思いますが『撃って欲しかった』なんて言わないでしょうね?」
 今度は神楽の方が初めて詩織の横顔を覗き込むようにして見つめた。
 冗談めかした口調ではあったが、その眼は決して笑ってはいなかった。
「撃って欲しかったよ……出来る事なら」
 それでも詩織は困ったように笑ってそう言うより他なかった。
 彼女は仕立てのしっかりしたブレザーのポケットから取り出した煙草をくわえて火をつけると、深呼吸と共に灰色の煙を吐き出す。
 ゆらゆらと立ち上るその煙を追いかける事はせずに、次の詩織の言葉を待つ神楽。
「相手の思うままに身体を乗っ取られ、あたしはお前や麗奈たちを殺そうとした。
 まったく情けないよ……自分がこんなに弱い、情けない人間だとは思ってなかった。
 あまつさえ、どうして殺してくれなかったんだ? って問い詰めてる始末だからな。
 ホトホト自分が嫌になるよ」
「……いい加減にしないと、怒りますよ」
「怒ってどうするんだ? 喧嘩でもふっかけるか?」
 強ばった表情を壊さない神楽に対して、吸いかけの煙草を灰皿に無理やり押し付けた詩織はあくまでからかうような調子のまま
『軽口』を叩き続けた。
「それとも、あたしに愛想を尽くして部下を辞めるか? お前の好きにしろよ。
 どうせ、あたしはもうすぐ…………」
 胸ポケットをまさぐって封筒のようなものを取り出そうとした詩織の手を自分の掌で、そして詩織の唇を自分の唇で塞ぎ、
紡がれようとしていた言葉の続きを妨げる神楽。
 あまりに唐突だったからなのか、それとも望んでいたからなのか−それは彼女自身にしか分からないが、
結果として詩織は神楽のキスを拒絶する事なく、眼を閉じて成すがままにその身を委ねた。
「好きにしろって、言いましたよね?」「ああ、確かに言ったよ。でも…………」
 唇を解き、詩織の目を悪戯っぽい瞳で見つめながら語られた神楽の一言に対して、相手と同じよう表情を作りながら、
「ふふふ」と吹っ切れたような笑みを見せた詩織が続ける。
「こういうのは、少しフェアじゃないな」
「では、口直しにもう一杯」
 いつものような屈託のない笑顔を初めて浮べて見せると、神楽はカウンターにいる店員を呼び、親指で空いたジョッキを指した。
「ビールは飲めるなんて知らなかったぞ」「かろうじて、ね」
 運ばれてきたジョッキを手に取り、二人は器の角をしっかりと重ね合わせる。
「少し早いが……」「……メリー・クリスマス」
 小さな乾杯の言葉を呟きあった詩織と神楽はこの時、口元に微笑を浮べながら互いの顔を見合っていた。

<同日同時刻 兵庫県神戸市中央区市庁舎前広場>
「…………綺麗だね」
月が穏やかな輝きを称えている澄み切った冬の夜空のもとで、
異国情緒溢れる建物を照らすイルミネーションの美麗な輝きに目を細める麗奈の言葉を受け、
 カイザーが彼女の腕の中で「そうだな」と頷く。
「マリアの光と、同じくらいに……」
 ルミナリエの風景を眺めながらもそこに宿る光を見ると、彼女は文字通り光となって完全に消えてしまった先代の戦巫女・マリアの事を思い浮かべないではいられなかった。
「彼女の気持ちは分かるわ。その手段は決して正しくはなかったけれど、わたしも彼女と同じ事を考える時があるの。
 妖魔との戦いなんて早く終われば良いのに……戦いが終わって、皆と平和な時間を送る事ができれば良いのに、って」
 自分たちの周りで光のページェントを楽しむ人々の様子、ぼんやりと眼を遣る麗奈。
 そこには彼女の言う平和が、ほんのささやかなものであるけれども平穏な時というものが確かに流れていた。
 ありきたりではあるけれど、かけがえのない幸せに満ちた時間が。
「こういったものを守るために、戦っているんだよね。わたしたち」
 ああ……と優しい声で呟きながら、カイザーは迷う事なくこう付け加える。
「そして、私達自身の大切なものを守るために……」「うん…………」
 腕輪の姿になっているにも関わらず、その言葉を紡いだ時のカイザーの表情を思い浮かべる事は容易い事だった。
彼女を温和な瞳で見つめながら、口元に穏やかな微笑のようなものを称えたその表情を。
「少し寒いのか?」
 寒々しい白い息を吐き出した麗奈が微かに身体を揺すったのを気遣うカイザー。
 だが、彼女は「ううん、大丈夫よ」と断り、可憐なその相貌によく似合う純粋な笑みを最高のパートナーに見せる。
「だって…………」
 麗奈は全てを言葉にせず、その代わりに両手で金色のブレスレット−すなわちカイザーを包み込むようにして抱きしめ、その温もりをしっかりと感じながら両目を閉じた。
 ルミナリエの光とともに彼女に向かって降り注いでいる淡く美しい月の光のもと、心の中で願い事を一つ唱えながら……。

ラストカット イラストレーション/毬谷敦子
イメージEDテーマ 鬼束ちひろ『LITTLE BEAT RIFLE』

ストーリーコンセプト・脚本:毬谷敦子
ロケーションコーディネート協力:麻神英雄

『勇者伝承ドラグカイザー』原作・総監督:にいだこういち

グッバイ、マイ・フェア・レディ   fin

戻る