拘束から逃れ、バランスを崩しながらも何とか着地したグランクロスとグリファリアスの前に轟音を響かせて降り立つ赤き龍王・ドラグカイザー。
「二人とも、大丈夫?」
 獣王と空王をかばうかのようにしながら、ちらりと後を振り向いた龍王から聞こえてくるのは、
雄々しいカイザーのそれではなく、可憐な少女の声……つまり麗奈の声だった。
「カ、カイザーの代わりに……」「麗奈ちゃんがドラグカイザーに!?」
「こんな事も出来るのですわね」
 麗奈と龍王ナーガが放った光のおかげで何とか触手の魔の手から難を逃れた恵梨たちだが、さすがに目の前で『奇跡的』に出現した赤き龍王の勇姿にはただ目を丸くする。
 そう……彼女たちの言うように、今の赤き龍王は戦巫女・麗奈自身が装甲神であるカイザーの代わりに
龍王・ナーガと一体化しているのだ。
「恵梨さんたちは安全なところまで下がっていてください!
……グランクロス、グリファリアス、同時攻撃をかけるわよ!!」
ドラグカイザーから指示を飛ばす彼女自身は不思議な空間に身を置いていた。
そこは空でもなく海でもなく地上でもない、ただ静謐な空気に満ちた場所で、彼女の足元には雄々しい龍を象った紋章が浮かび上がっている。
その紋章の上に立つ事で、麗奈の動きがそのままドラグカイザーの動きとなって表れる。
というよりも、ドラグカイザーの五感がすべて麗奈の五感になっているといった方が良いかもしれない。
「いくわよ!!『ドラググレイザー』!」「『獣王烈風波』!」「『マキシマム・レイ!』」
 麗奈の合図の元、暗黒の空に蠢く邪龍神に向けて一斉に攻撃を仕掛ける三体の装甲神。
 赤き龍王の額から放たれた熱線、双頭の獣王の愛刀から生み出された鋭い疾風、そして蒼き空王の羽根から繰り出される幾筋もの光の矢……それらが獲物を追う狩人の如く天に巣食う魔物に向かって突き進み、相手の巨体に力一杯ぶつかっていく。
 だが、邪龍神の身体で無数に生じる小爆発−それはあくまでアヴァタールの体格に比して『小』という意味である−が収まりきらぬうちにその獰猛な口が開き、装甲神たちめがけて光の針が吐き出された。
 それに対して半ば反射的に身を翻し、何とか攻撃を避けるドラグカイザーたち。
「駄目だ……僕たちの攻撃がまるで効いていない!」
「あんな巨大な相手にいくら攻撃しても埒があかぬ!」
 悔しそうに握った拳を震わせながら、空を見上げる獣王と空王。
そこに自らをも奮い立たせるような凛とした少女の声が飛ぶ。
「あきらめないで! わたしたちの力を、一つにするのよ!!」
 その言葉と共に、必殺の火龍剣を右手に握り締めるドラグカイザー。
少女の意図を汲み取ったグランクラスとグリファリアスも互いに頷きあうと、それぞれの愛剣−神刀・鋼牙と聖剣エルツ・バインを手にすると、龍王の頭上高く掲げられていた火龍剣の刀身に各々の剣の刀身を重ね合わせる。  次の瞬間、三本の剣が眩いばかりの光を放つそして獣王は大地に、空王は天空へと陣を取る。
  3体の装甲神の陣形が輝きに満ちた一組の巨大な弓と矢に変わる。
「破邪聖獣弓(はじゃせいじゅうきゅう)………………」

 ドラグカイザーと同様に、その手の中に生まれた光の弓矢を引き絞る麗奈。
 彼女の瞳が睨んでいる先は言うまでも無く不敵な鳴き声を上げ続けている邪龍神だ。
 麗奈の動きに合わせてアヴァタールへと光の弓を狙い定める赤き龍王。
「『邪滅の一矢』(じゃめつのいっし)!!」
 聖なる奇跡の発現を促す一言ともに、麗奈は全身全霊の力を込めて光の矢を解放する。
 邪神が作り出していた闇を一瞬打ち消すほどの荘厳な輝きを発散している光の矢……
その一撃を放つ際の衝撃もまた凄まじく、ドラグカイザーばかりか、二体の装甲神すらも反動でその足が地面にめり込み、そのまましばらく後に引きずられしまうほどであった。
「これで……!」「…………決まる!」「行っけぇー!!」
 少し離れた場所で戦いの成り行きを見守っていた涼子たちが、三大装甲神の力が一つとなって放たれた光の矢の迫力に圧倒されながらも、興奮した面持ちで叫ぶ。
 倒れ伏したままの神楽の傍に寄り添い、光の矢の行方を固唾を飲んで追っているマリアの眼にもすがるような表情が浮かんでいる。
 通り過ぎていく空間を光で染め上げながら、流星のような速度と竜巻のような勢いで宙を駆け抜ける光の矢は狙い違わず邪龍神の身体へと突き刺さった。
 天空で横一線に激しい閃光が煌いた直後、二つの轟音がこの場に轟き渡る。
 一つは光の矢が闇そのものであるアヴァタールの身体を砕く音。もう一つは光後からの前に苦しむアヴァタールの咆哮。
「……やったか!?」
 『邪滅の一矢』を放ったフォーメーションを解除し、一斉に空へと目を向ける装甲神たちを代表して呟くグランクロス。
 聖なる一撃を受けた部分を中心にして闇が光に置き換わっていき、邪龍神アヴァタールの姿が歪んでいく。
 だがしかし、彼らの抱いた希望はそう長くは続かなかった。
 天地そのものを震撼させるほどの恐怖に満ちた咆哮を上げ、アヴァタールはわずか一瞬で自分の身体に突き刺さっている光の矢を闇の中に取り込んでしまったのである。
 麗奈たちの必死の願いをも全て、その漆黒の躯体に飲み込んでしまうかのように。
「そ、そんな…………!」
 背中を流れ落ちる冷たいものを感じなながら麗奈が一歩後に足を引いた時、狂気に満ちた邪龍神の眼が妖しく煌き、
その凶悪な口に暗黒の瘴気が満ちる。
 それを見たグリファリアスが瞬時に「……避けるぞ、麗奈っ!!」と叫んで、傍らにいたグランクロスの右腕を抱え持った。
 弾かれたようにワンテンポ遅れて反対側の腕を持ったドラグカイザーが蒼き空王と呼吸を合わせて大地を蹴り、
三体同時に地面から離れる。
 それとほぼ同時に、まるで己が取り込んだ光の力を闇の力に変えて吐き出すかの如く『邪滅の一矢』と同等かそれ以上の威力を秘めた漆黒の波動が放たれた。
 不気味な音を立てて光の矢が通ってきた道を逆行しながら急接近する漆黒の波動の一撃をかわすのに、
装甲神たちの飛んだタイミング的には余裕のはずだった。
 事実、ドラグカイザーたちは波動の直撃を受ける事は無かった。
 しかし、彼らがいた地面を根こそぎ掘り起こすかのような大きなクレーターを形成した暗黒の波動の勢いはそれだけに押し留まる事など決して無く、凄まじい爆発によって生じた超大型台風並みの突風とそれによって吹き荒れる砂塵や大地の破片がクレーターを中心にして装甲神たちに容赦なくその牙を向いたのだ。
 四枚の翼を操って何とか持ちこたえようと試みるドラグカイザーとグリファリアスだが、そんな努力をあざ笑うかのように瘴気を多分に含んだ突風はいとも簡単に三体を引き離し、突風の中へとその身体を引きずり込んだかと思うと、幾つもの小爆発が起こった。
 そして、波動の影響が収まりかけた頃……顔の前で両腕をクロスして余波からかろうじて身を守っていた沙希たちの目の前で、三体の装甲神が無抵抗なまま成す術なく大地に叩き付けられる凄惨なシーンが繰り広げられた。
 彼女たちが一瞬声を失う一方で、突によって生じた轟音と砂煙が次第に引いていく。
 波動の直撃を受けて作られたクレーターをまるで囲むかのように、大地が陥没した跡が三つ生じており、
その中で装甲神たちは激痛に悶え苦しんでいた。
「タイガー、バイソン! しっかりするですっ!!」
「……ファ、ファリアス!?」
 それぞれの装甲神の名を呼ぶ沙希と恵梨の悲痛な叫びに表れているように、合体を保てるだけの力が残っていないグランクロスとグリファリアスは、各々グランタイガー、グランバイソン、ファリアスの姿となってひび割れた地面の上で痛みに喘いでいる。
 三体ともダメージが大きいのか、身体のあちこちから無数のスパークを散らせながら何とか立ち上がろうと手元の大地を掴むが、腕だけでは己の体重を支えきれずに片膝を付く事すら出来ないでいる。
 唯一合体を維持できたドラグカイザーにしても、数え切れぬほどの傷がその赤き肉体を占拠し、
立ち上がるのがやっとという感じだ。
「……どうすればいいの? どうすればあいつを…………んっ!?」
 ドラグカイザーと同様にボロボロの身体を引きずるようにして立っている麗奈の眼に、
最後の審判を下すように悪意に満ちた咆哮をあげた邪龍神が再び漆黒の波動を放たんとしている様が映る。
 その標的は自分でもなく、呻き声をあげながらもがき苦しむ他の装甲神たちでもなく、今までの攻撃で傷つかずに戦いを見続けた、動く事なき石像・カイザー。
「ダメ……駄目よ…………駄目ぇーっ!」
 何処にそんな力が残っていたのか……それは麗奈自身すら分からなかった。
 気が付いた時には、彼女はカイザーを粉々に打ち砕かんと解き放たれた邪悪な牙の行く手を妨げようと、ピクリとも動かない己の装甲神の前にすばやく身を躍らせていた。 「『ドラゴニックバーンブラスト』!!」
 邪龍神の吐き出した暗黒の波動に対抗すべく、必死の声と形相でドラグカイザーの胸から放った強烈な炎の渦を真正面からぶつける麗奈。
 その華奢な身体に残っている全ての力を灼熱の業火に託しているためか、火炎の色は紅蓮を通り越し、
ほとんど光の黄金色に近づいていた。
 ドラグカイザーとアヴァタールを結ぶ丁度中間点でぶつかり合う炎と闇。
 互いに互いを弾き飛ばしながら最初こそは互角の鍔迫り合いを見せていたものの、やはり元々の威力が違いすぎた。
 邪龍神が目を細めて首を少し前に突き出すのに呼応し、暗黒の波動はドラグカイザーの放っている火炎の渦を喰い破るようにして前進し続け、その勢いに抗って炎を前へと押し返そうとする赤き龍王−すなわち麗奈の奮闘などまるで意に介さず、
  赤子の手でも捻るかのようにドラグカイザーの身体を易々と浸食していく黒き牙。
 暗黒の波動をまともに浴びたドラグカイザーは、身体をくの字に曲げながらそのまま大きく後に吹き飛ばされる。
 だがドラグカイザーは……いや麗奈は、その波動を受け止めるかの如く両手を大きく広げて、邪悪な一撃を自分より後には決して行かせなかった。
 まるで見えない壁を作って、行く手を阻んでいるかのように。
 荒れ狂う力とそれをなだめようとする力の無理な衝突によって、ドラグカイザーの身体のあちこちで激しい爆発が立て続けに起き、その肉体を、麗奈をさらにひどく蝕んでいく。
 その様子に邪龍神が苛立ったのか、大きく吸い込んだ息を吐き出すように漆黒の波動が強く前へと押し出された直後……
今まで一番大きな爆発がドラグカイザーを封じ込めた。
「うぉーっ!」「れ、麗奈殿っー!!」「ノォッー!!」
 ダメージのために動けずにいる装甲神たちが顔だけを起こし、悲痛な声で絶叫する。
 彼らの戦巫女である沙希や恵梨たちは、声を上げる事すら出来ずにただただ信じられないという面持ちで麗奈の方を見つめている。
 次の瞬間、ひっきりなしに続く誘爆と黒煙が吹き荒ぶ中から変わり果てた姿の赤き龍王が現れたのを見ると、皆の顔から血の気が失せ、その代わりに絶望の色が支配した。
 焼け千切れた翼。四肢や躯体に走る深い傷痕。折れた胸と頭の飾り……まさに満身創痍という格好のまま微動だにせず立ち尽くすドラグカイザー。
 丁度、赤き龍王の身長分程度の距離をおいて、その背後には奇跡的に無傷なままのカイザーの石像がドラグカイザーを見上げるかのように立っている。
 その石像の方に向かって、崩れ落ちるようにしてドラグカイザーが仰向けに倒れ伏した時……その二つの瞳からは輝きが失われて、龍王の中では傷だらけの麗奈の両目が固く閉じられてしまっていた。
「麗奈ちゃんっ…………!」
 わなわなと全身を震わせながら呟かれた恵梨の一言を除き、絶句したままの戦巫女たち。
 沙希は全身の力が抜けてしまったように地面に座り込み、涼子は両手で顔を覆って眼を背けている。
 グランタイガーが悔しそうに何とか動く右手で地面を空しく叩く一方、その相棒は俯いたまま小刻みに身体を揺らす。
 ファリアスは歯を食いしばりながら、勝ち誇ったように『笑って』いる邪龍神に向けて、敵意を丸出しにした視線で睨む。
 どんな事をしても再びドラグカイザーが、麗奈が立ち上がることなどないとわかっていても、
彼・彼女たちはその行為を止めない。
(ただ、わたしが出来ること……)
 心の中でそう呟いたマリアの瞳にはこの忌むべき光景が、身を呈してカイザーを守ろうとした麗奈がそのカイザーの目の前で儚くも力尽き果てたように映っていた。
 闇の根源とも言うべきアヴァタールが己の勝利をゆるぎないものとするために、命の灯火が消えかかっている赤き龍王の身体をその触手を束ねて貫こうとしている様と、自分の足元で疲れ果てた表情のまま眠っている神楽の顔を等分に見比べたマリアは、華奢な二つの拳をぎゅっと固く握り締めると、両目を閉じて天を仰ぐ。
 そして、今度は言葉に出してこう呟いた。
「それは……かろうじて愛せること」
 最後の語句が消えるか消えないかのうちに、彼女の身体は糸の切られた操り人形のようにその場に崩れ落ちる。
 だが、その時の『彼女』の姿は、薄手のネグリジェを纏って栗色の髪をした少女ではなく、
やや赤みがかったショートヘアをした大人の女性−神代詩織その人だった。
「あたしは…………か、神楽!? 神楽じゃないか!!」
 こめかみを押さえながら何度か頭を振って立ち上がろうとした詩織は、自分のすぐ傍で倒れ伏したまま動かない部下の姿に気がついて、驚いたように両目を大きく見開いた。
「おい神楽! しっかりしろ!! おい……眼を開けてくれよ!!」
 神楽刑事の肩を激しく揺さぶる詩織だが手応えはまるでなく、冷え切った部下の身体はただ自分の力に合わせて空しく揺れるだけだった。
「上司の命令が、聞けないって言うのか……」
 両肩に手を置いたまま、その胸に顔を埋めた詩織の目から一筋の涙が零れ落ち、血で染まった神楽のシャツに新しい潤いをもたらす。
(あたしが、力が欲しいなんて思ったばかりに……!)
 激しい後悔と自責の念に彼女が襲われたその時、淡い光のヴェールのようなものが煌きながら一度自分と神楽の身体を包み込むように取り巻いた後、そのまま空へと舞い上がっていく様子が涙で溢れた視界の端に入った。

NXET