「……おしっ!!」「二人ともナイスファイトですぅ!」
 様子を見届け、ガッツポーズを取りながら装甲神たちの健闘を称える沙希と恵梨。
 そんな彼女たちの言葉に応えるかのように、雄々しく立ち上がったグランクロスとグリファリアスがそれぞれの象徴とも言える聖なる獣たちの咆哮を轟かせる。
 だが……装甲神たちの聖なる叫びを押し潰し、
 全てを飲み込んでしまうかのような獣の声が一瞬のうちに辺りを支配する。
 まるで二体の妖魔が倒される時を待ち構えていたかのようなタイミングで吼えたのは、空に巣食う妖魔・ロムレスを統べる灰色の龍帝・ダロスだった。
 身も心も凍りそうな程に恐ろしいダロスの咆哮は、地上にいる二体の装甲神やその戦巫女たちばかりか、龍帝の傍に侍る鳥型妖魔の群れをも激しく動揺させる。
「……ど、どういうことなの!? きゃっ!!」
 だが、最も強い驚きを見せたのは龍帝の頭上に乗るマリアだった。
『阿吽』の妖魔が倒された瞬間でさえ何の感慨も見せなかった彼女の顔色が青ざめたかと思うと、
  彼女の意に反して動き始めたダロスによってその頭上から叩き落された。
「一体、何が起ころうとしているんだ? ……んっ!」
 ダロスの異変に伴って、空で金縛り状態となったロムレスの群れに油断なく眼を走らせていた神楽の視界の端に
そのダロスから落下した少女の姿が映り、彼はその方向へと足を走らせる。
「グランクロス、これはまさか……!」「油断するな!!」
 再び臨戦体制に入った二大装甲神の頭上で、ダロスが二度目の咆哮を上げると、その禍々しい身体は巨大な灰色の渦となって空に広がった。 ダロスが変化した渦を起点にして、
  元から陰りを見せていた空は暗闇のような闇の浸食を受け始める一方、
その中にロムレスの群れやグランクロスとグリファリアスが倒した妖魔の欠片が吸い込まれていく。
そして、京の街を覆い尽くすかのように広がった渦が異形の怪物へとその身を変える。
地獄の岩のような荒々しい肌、手とも足とも付かぬ無数の触手、
  凶悪な牙を持った怪獣のように獰猛な頭部……あまりにも禍々しく、あまりにも巨大なその姿。
「あ、あれは……!」「邪龍神…………アヴァタール」
 驚愕の声を漏らす二体の装甲神だが、邪龍神の口が開きかけているのを見ると、
急に踵をかえして自分達の戦巫女を守るべくその身体で覆い尽くす。
 刹那、邪龍神の口が完全に開き、そこから緑色をした無数の光の針がまるで雨のように地上に解き放たれた。
「くおっ……!!」
 苦痛に満ちた声を上げながらも、邪龍神の攻撃に耐える二大装甲神。
 その巨体に守られている恵梨たちは、立て続けに落ちていく光の針によって生まれる閃光と爆発、
そして爆風に曝されながら、ぎゅっと目を瞑って耐え忍ぶより他ない。
 地上に降り注がれる光の針は、全てを見守るように立つ石像と化したカイザーの周囲にも、
そして半信半疑という面持ちで空を見上げるマリアの周囲にも容赦なく降り注がれた。
「どういう……どういう事なの!?」
 暗黒の空を支配する邪龍神が再度咆哮を上げ、少女の身体を激しく揺らしていた爆風が収まった時、
地面に座り込んでいたマリアは全身から搾り出すように叫ぶ。
その後、敵意を剥き出しにしながら空を睨んでいた彼女の視線が、
  微かな物音に反応して不意に彼女の背中に向けられる。
「……どういう事なのか、それはこちらが聞きたいくらいだ」
 物音と声の主は神楽だった。
 彼の顔は緊張のためかひどく強ばっていたが、その手に握られたベレッタは何故かマリアに向けられていなかった。
「撃たないの? わたしを」
「……初めは撃つつもりだった。だが、君の姿を見たら急に気が変わった。
今の君を撃ったら後悔する……そんな気がする。
神代先輩を傷つけるからだけじゃなくて、『君』自身を傷つける事に」
 おぼつかない足取りで立ち上がり、自分の方に向き直った少女の前で、神楽は手にしていた拳銃を放り投げた。
「同情でも、しているつもり?」
 自嘲気味に無理に笑うマリアに対し、神楽はその硬い表情を崩そうとはしなかった。
「……同情? そうだ、俺は君に同情している」
 彼はそこで視線をマリアから、絶望的な戦いが行われている方へと目を向ける。
 まさに闇の化身そのものといった形相の邪龍神アヴァタールの力は圧倒的だった。
 空王武装したグリファリアスの『ライザーボーガン』の直撃を物ともせず、
世の終わりを思わせるような咆哮を上げながら、無数に伸びる触手で装甲神たちに襲い掛かる邪龍神。
 その文字通りの魔の手から己自身と蒼き空王、
そして戦巫女たちを守るべく神刀・鋼牙が闇の中で何度も煌めかせるグランクロスだが、斬り捨てても斬り捨てても触手は彼らに襲い掛かってくる。
「君は間違っている……間違っているからこそ、かわいそうなんだ。
 これが君の望んだものなのか? あの化け物は、石像になった君の大切な装甲神まで粉々に砕こうとしているんだぞ!
 これが本当に君の望んだ結果なのか!?」
 マリアの方に視線を戻した神楽は、彼女の方に近づいてその肩を激しく揺さぶる。
 その時、邪龍神が再び吼え、悪意に満ちた光の針をその獰猛な口から次々に吐き出し、一本の針が神楽たち目指して一直線に突き進んでくる。
「避けろっ!」
 咄嗟の事のためじゃ動こうとしないマリアに向かって叫び、
反射的にその華奢な身体を突き飛ばした直後……爆発に背にしながら神楽自身がマリアの代わりに宙を舞っていた。
 まるで人形のように、自分の意志とは反して天高く持ち上げられ、そのまま地面にたたきつけられる神楽。
「……何故、わたしをかばったりしたの?」
 爆風が収まりアヴァタールのおぞましい声が響いた後、
眼の目の前で起こった事が現の出来事とは思えぬような表情ではあっても、
マリアは身体を引きずるようにして仰向けに倒れ伏せ苦痛に悶える神楽の近くに近寄り、
 そのまま彼の傍で片膝を付いた。
「言った……だろ? 君は…見ていて、かわいそうだって…………。
それに君を守ることは……先輩を守ることにもなる…………からね」
「………………………………」
 顔に優しい微笑を浮べながら自分の頬へと伸びる神楽の右手を、マリアは拒絶しようとはせず、
それどころか受け入れようとさえした。
「君のした事は誤りだ。だけど…だからこそ……頼む…………これ以上……」
 だが次の瞬間、彼がこれまでで一番強い苦悶の表情を浮べたかと思うと、
続かないその言葉と共に神楽の右手は力なくマリアの足元に落ちた。
 同じように二つの瞼は閉じられていき、意志を失った首が少し横に揺れたかと思うとそのままピクリとも動かなくなった。
「………………神楽さん!?」
 弾かれたように神楽の身体を必死に揺さぶるマリアの代わりに、倒れ伏したその名前を掠れた声で呼んだのは、
必死の思い出でこの場に駆けつけた麗奈だった。
 はあ、はあ……と寒々しい白い息を吐き出しながら、
  二人に駆け寄った彼女はマリアと同じように神楽の傍で腰を下ろす。
「……生きているの、彼?」
 カイザーが石化した直後と同様に茫然となりかけているマリアの問いかけに、
頚動脈を指で触れていた麗奈が力なく首を横に振る。
「この人は、『これが君の望んだ結果なのか?』ってわたしに聞いたわ」
 ポツリと思いだすように呟くマリア。  麗奈はそんな彼女を哀れむような眼で見た。
二人の間で、冷たい骸と化しつつある神楽と同じように。
真実を知った今、麗奈の心の中ではマリアに対する怒りや憎しみよりも強く感じるのは、
  彼女への悲哀と同情、そして共感だった。
「こうなってしまう事を望んだものがいる……もし、そうだとしたら?」
 麗奈のその一言に、マリアは大きく目を見開いてまずは自分をずっと見つめ続ける麗奈の方を見遣り、
次に闇の中で蠢きつづける邪龍神の姿を追った。
「……あいつはずっと待っていたのよ。
 あなたがこの時代に甦ってわたしと戦い、『最優先の指示』がカイザーを眠りにつかせるのを。
彼を含めた全ての装甲神を葬り去るために。
その後で、あなたたちの時代で果せなかった事を成し遂げるために」
麗奈の言葉を受けて、突然悲鳴のような絶叫をあげるマリア。
彼女はそのまま恐ろしいまでの悪寒に襲われたかのように、自分の両手で自分の身体を強く抱きしめて、
  ガタガタと激しく震え慄きながら立ち上がる。
そして、「嘘よ……嘘よ」と何かに取り付かれたように独り言を呟きながら、
  神楽と麗奈の回りをおぼつかない足取り彷徨い歩いた。
「わたしは……ただカイザーを戦いから解放して上げたかった。
装甲神であることの宿命(さだめ)から解放してあげて、戦いで傷ついたりせずにずっと自分のそばにいて欲しかった。
そのためなら、どんな事でもできる……たとえ妖魔の仲間になっても良いって、ずっと思っていた。
  あの時も、そして今も。
結局、わたしはアヴァタールの手の上で踊らされていただけなのね……」
ゼンマイが切れた玩具のように歩みを止め、麗奈に語りかけるマリア。
その心の底から搾り出すように震え掠れた声は、神の前で罪を懺悔し、裁きを待つ罪人のようだった。
 体温を失い、冷え切った神楽の両手を胸の前でそっと組ませてから立ち上がった麗奈は、
ただ黙って少女の告白に耳を傾けている。
しかし、自分たちの回りに流れていた静寂を打ち消すかのように戦いの場から直接自分の頭に響いてきた沙希たちの悲痛な叫びに、ハッとなってそちらの方に視線を移した。
 邪龍神に攻勢をかける余裕すら与えられず、襲いくる無数の触手とただひたすら格闘していた グランクロスとグリファリアスの
疲労が一瞬の隙を生み、
その四肢を触手に絡め取られて宙吊りにされてしまっていたのだ。
 そればかりか、触手は恵梨たちをも捉えようとその身体を求めて蠢きまわっている。
「………………っ!」
 言葉すら発しないものの、地上で苦しむ人々の様を見て狂喜しているかのように何度も奇怪な咆哮を上げる
邪龍神・アヴァタール。
 紅い唇をぎゅっと噛み締めたまま暴君の如く振る舞う闇の支配者を一瞥し、麗奈は仲間たちの元へと駆け寄ろうとする。
 だが、そんな彼女の肩をマリアが右手で制止するかのように触れた。
「『闇の龍』に対抗できるのは『光の龍』の力だけよ。
 あなたが行っても、どれだけ戦えると思っているの?」
「……確かに、あなたが言うように勝ち目なんてどこにもないかもしれない」
 マリアに促されるまま、麗奈は立ち止まって言葉を紡ぎ始めた。
 視線は彼女には向けずに、触手から放たれる電撃に苦しむ二体の装甲神や、
その足元で特殊ライフルを駆使して自分自身の身を守ろうと、
  そして邪神の手から大切なパートナーたちを解き放とうと奮闘している仲間たちの姿を、
二つの大きな瞳に焼き付けるかのようにしっかりと見つめている。
「でも、あいつはカイザーの『身体』を壊そうとしている。
 たとえカイザーはもういなくても、あの石像は確かにカイザーなの。
 わたしは絶対にカイザーを守りたい。

……そして、彼の代わりに…ううん、彼の分まで戦いたい。
 大事な人たちを守るために。
 それが、今わたしに出来る事だから」
 麗奈はそこで自分の肩にかけられたマリアの手を振りほどく。
 決して乱暴にではなく、傷口に当てられていた包帯を剥がすように。
 そして、彼女は少し微笑を浮べてマリアの顔を正面から見据えた。
「あなたにも、出来る事があるはずだわ。きっと」
 言い終えた麗奈は走り出す。
 泣き出しそうな……としか表現のしようの無い、瞳を強く潤ませたマリアを背にして。
 仲間たちの元へと駆ける麗奈の右手には、何時の間にか龍の杖が握り締められていた。
「龍王ナーガよ、わたしに……力を貸して!」
 祈るように意志のこもった言葉を発し、龍の杖を闇の支配する空へと放つ麗奈。
彼女の手から離れた杖は空中で優雅な曲線を描きながら光とともに雷雲を呼び起こし、
杖自身はその雷光を浴びて、紅蓮の炎で作られた竜巻へと姿を変える。
その竜巻の中から勇猛な龍の雄たけびが轟いたかと思うと、まるで蝶がさなぎから孵化するかの如く、
大きな気高い羽根を広げて姿を見せた龍王が、身を包んでいる炎の竜巻を瞬時に弾き飛ばして赤い光を代わりに纏う。
 ナーガが太陽のような光に包み込まれたのと時を同じくして、地上にいる麗奈の身体も赤い光で包み込まれて宙へと舞い上がり、暗黒の空間の中で二つの光が邂逅した。
 その光の輝きはほんの一瞬ではあったが、この世界を闇から解放するのに十分だった。
 刹那……赤い光の中から鎧武者のようなアーマーに身を包み、胸に気高く猛々しい龍の顔を持つ赤き龍王が飛び出し、光の残滓を纏いながら蹴りの体勢に入った赤き龍王は仲間を絡め取っている触手の群れを強烈な一撃で切り裂いていく。
「…………ドラグカイザー殿!?」「まさか、こんな事が……!」

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