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<同日午後3時11分 京都市上京区京楠大学キャンパス付近>
「大丈夫ですか!? さあ、しっかり!」「こっちじゃ、早く行け!!」
逃げ遅れそうになっている二組の家族をキャンパスの方に先導する教授と岸博士は、
倒壊した建物の中から助けを呼ぶ声を耳にするとすばやくその方向に走った。
大学の建物から出てきた時、比較的広いキャンパスには防災機関の誘導に従って避難してきた人々が集まりつつあった。
そんな中で警察に協力して救助活動を手伝っていた二人は、変わり果てた周囲の様子に唖然とするより他なかった。
街のあちこちで黒煙や炎が立ち上り、建物が倒壊した瓦礫の中を、痛みや助けを求める人々の声や、
救急車両のサイレンの音が木霊している。
だが、それらを全て駆逐するかのように、空に跋扈するロムレスの群れが放つ奇声やその忌むべき嘴から
破壊光弾が放たれる音が止む事なく教授たちの耳に響く。
「……こんな時に、せめて『護符』の力があれば…………」
高齢に似合わぬ怪力を発揮して、他の市民や救急隊員と一緒に崩れ落ちたコンクリート壁の下敷きになった人々の
救出を手伝っていた岸博士が、憎々しげに天に巣食う魔物を睨みつけながら意味深な言葉を呟いたが、
それは傍らで同じ作業をしている教授たちには届いていないようだった。
「頑張って……! 必ず助かりますから!!」
かろうじて人ひとりが通れるほどの隙間から、教授と岸博士が下敷きになっていた妙齢の婦人をやっとの思いで引っ張り出した。
「ふぅ……もう大丈夫じゃな」
へなへなとその場に座り込み、額の汗を拭う博士。
瓦礫によって窒息しかかっていた婦人は救急隊員の手によって応急手当を受けていたが、苦しげな声でしきりに「若菜……若菜……」とうわ言のように女性の名前を呼んでいる。
「……まさか、この人のお子さんが迷子になっておるんじゃないだろうな!?」
束の間の安心の色が浮かびかかっていた博士の顔に、再び緊張が走った。
「博士、手分けして探しましょう!」「そうじゃな。動けるものは手伝ってくれ!!」
教授の言葉に応じた岸博士の呼びかけに、瓦礫の下の救助作業を手伝っていた人々が「分かった!」と声を上げ、すぐに散っていく。
岸博士と共に南の方へと走った教授は、時折「若菜ちゃん!」と迷子になっている女の子の名前を呼びながら、
鳴り止む事なく続く破壊音の中、その姿を求め続けた。
だが、彼らの周囲を包む炎と煙が思うようには前に進ませてくれない。
「……急がんと、あの化け物の餌食に…………あそこじゃ!!」
煙で少し噎せ返りながらも、独特なギョロリとした眼で懸命に女の子の姿を追い続ける岸博士が、
突然声のトーンを1オクターブ上げて右の人差し指を500mほど前方に見える建物の隅に向ける。
そこには巷で子供達に大人気の『まったりおじゃ太郎』のぬいぐるみをすがるように抱きかかえながら震えている五歳くらいの女の子……そして、獰猛な足爪で女の子の小さな身体を掴み上げようとしている邪悪なる翼を兼ね備えし者の姿があった。
まるで、飢えた禿げ鷹が枝にぶら下がっている木の実を狙っているかのような構図が。
「僕が奴の注意を引きます。その間に博士はあの子を」「分かった!!」
ダッシュのポーズを自分にして見せた老博士の様子を確認し、教授は足元に落ちていた角材を拾い上げると、
それを手にしたまま気合いのこもった声を上げて突っ走った。
何事かと妖魔が怒声のする方を向いたその時、十分接近していた教授は妖魔の頭に角材をありったけの力を込めて振り下ろす。
木の棒そのものもバキッ!という派手な音を立てて真っ二つに折れたものの、奇跡が起きたのかロムレスもまた虚ろな瞳になって
そのまま仰向けに倒れ伏してしまった。
疲れたように折れた角材を放り投げ、緊張の解けない面持ちながらも安堵の深呼吸を付いた教授の傍らでは、
回り込むような格好で近づいていた岸博士が「もう大丈夫じゃ」と言いながら、恐怖に震えている女の子を保護する。
「なかなかやるのぉ、教授君」「……そうも言っていられないみたいですよ」
女の子とその手を引いた老博士を自分の身体で庇うようにして、額に冷や汗を滲ませながら空を見上げる教授。
その視線の先には、自分たちに鋭い嘴を向けている数匹のロムレスが群れをなしていた。
「やれやれ……こんなシチュエーションばっかりじゃな」
老博士の口調はあくまで惚けたままであったが、その顔には教授と同じように冷たい汗が浮かび上がっている。
その岸博士がぼやいた直後、カラスの鳴き声のような奇声を上げて異形の者たちが教授たちめがけて急降下をしかけて来た。
何とか女の子だけでも守ろうと、妖魔たちの襲撃に身を翻してその小さな身体を覆う教授と岸博士。
二人は身を固くし、甘んじて邪な一撃をその身で受け止めようと覚悟を決めた。
奇声と空気を切り裂いて何かが近づいてくる感覚が段々と鮮明になり……そして急に途絶えた。まるで、
妖魔たちが巣食う空間から切り離されたように。
「…………麗奈!?」「遅くなって御免、兄さん」
おそるおそる後を振り返ると、そこには麗奈の姿があった。
左手で生み出した霊力の防御壁で妖魔たちの侵攻を妨げている彼女の横顔……そしてその真っ直ぐな瞳には、
今朝の病室では失われていた彼女らしい清楚さと強い意志を兼ね備えた輝きが宿っている。
「破邪の光よ、刃に代われ!!」
そして、彼女は右手に持っていた扇子に霊力を込めるとその先から眩いばかりの光の刃を生み出し、
ひと振りの剣と化した扇子を斜め袈裟に一閃した。
自身が作り出していた防御壁まで切り裂きながら宙に伸びていく光の刃は、
その光に触れたロムレスたちを次々に跡形も無く砕いていった。
周囲に新しいロムレスがいない事を確認すると、麗奈は扇子に宿らせていた光の刃を収め、教授たちの方に向き直る。
それと同時に女の子を抱えたまま、岸博士はへなへなとその場に座り込んだ。 「麗奈、その扇子はひょっとすると?」
籐製の見事な意匠が施された扇子を眺めつつ発せられた教授の言葉に、少しだけ口元に微笑を浮べてゆっくりと首を縦に振る麗奈。
彼はその表情と答え、そして見覚えのある扇子が妹の手の中にある事から、
自分の知らない間に一体何があったのかを大体推し量る事が出来た。
「わたしは、行くわ。皆のところに。兄さんたちも早く安全な所に」
元の持主がそうしていたように服の隙間に扇子を差し入れた麗奈が、少し離れたところで繰り広げられている戦闘に眼をやりながら、毅然とした声で告げた。
「その前に言っておきたい事がある」
軽く眼を閉じてから、教授は厳かな声で切り出した。
絶望から立ち直った妹の姿に、自分の考えを話す決断をしたのだ。この戦いの本当の『真実』を秘めた、恐るべき秘密を。
「詳しく調べた結果、あの少女……マリアが『眠っていた』布と、同じ場所で発掘された妖魔の遺骸との年代がまるで食い違っていた。
遺骸の表層こそは布と同じ年代だったが、それは一種のフェイクで、
『中身』の部分を調べてみたら実はつい最近埋められたものである事が分かったんだ」
「……ちょっと待って。兄さん、今『フェイク』って言ったわよね?」
兄に疑問を投げかけながら、自分の考えを反芻していた麗奈は一つの、そして教授と同じ結論に達した時、その顔は見る見るうちに青ざめながら激しく強ばっていった。
<同日午後3時23分 京都市中京区平安神宮付近>
双頭の獣王と蒼き空王は善戦を見せていた。
どちらかといえば一方的に相手からダメージを受けていた昨夜と比べ、打撃を受けた分はしっかりカウンターアタックを仕掛けている。
しかし、やはり決定的といえるほどまでの攻勢に転じているわけではなかった。
「無益な戦いね。どれだけ頑張っても、あなたたちは勝てないわ。
わたし、あなたたちの事も良く知っているのだから」
灰色の龍帝ダロスの頭上から戦いを『ただ見続けて』いたマリアが、
肩で息をしながら敵との間合いを取っている二体の装甲神に向かって呟くような声で告げる。
以前の彼女ならば、くすくすと小悪魔的な笑みを浮べながら言うところであろうが、
今のマリアの様子からは感情というものはまるで感じられず、声色にも起伏がない。
「勝負は最後まで戦ってみなければ分からぬ!」「僕たちは負ける訳には行かない!」
グランクロスとグリファリアスが切ってみせた啖呵にも、マリアは動じる素振り……いや、何の感情の色すら見せなかった。
「……いいわ。わたしにとってみれば、あなたたちも無意味な存在ですもの」
マリアが何の感情も混じらない、純粋な氷のような口調のまま言い放ったのと同時に、『阿吽』の巨大妖魔がそれぞれの両腕から暗紫色の破壊光線を発射した。
破壊光線は、装甲神たち自身というよりもむしろその周囲をめがけて放たれ、
両腕をクロスして攻撃からその身体を守ろうとしたグランクロスとグリファリアスの周りで次々に爆発が生じ、
苦悶の声を上げる二体の装甲神。
そこで生じた隙を突き、二体の巨大妖魔が猛然と踊りかかった。強烈な爆風に双頭の獣王と蒼き空王の身体を包み込ませる事で、
一種のめくらましを狙ったのである。
不意を付かれた格好の装甲神たちは、それぞれの相手に応戦すべく体制を何とか整え直そうと試みるも、
完全に一歩出遅れてしまった。
パワー対応の妖魔に後に回り込まれた双頭の獣王は、その鉄拳を振るう前に羽交い絞めにされ、
万力を思わせる妖魔の無骨な腕に身体がバラバラに砕かれそうになる程の力でぐいぐい締め付けられる。
その一方で空王のスピードを上回る勢いで突進してきたスピードタイプの妖魔が、攻撃を避けようとしたグリファリアスを瞬時に捉え、その首にかけた両手から体内放電を開始してそのまま空王の首を胴体から焼き切ってしまおうと狙う。
「こっ……ここで敗れては、カイザー殿に申し訳が立たぬ…………!」
自分の身体にかけられた相手の腕を何とか振りほどこうとするグランクロス。だが、相手の怪力はパワーを誇る彼を軽く上回っており、獣王の身体のあちこちからメキメキという何かが割れ始めたような嫌な音が上がる。
「僕たちはカイザーから後を頼まれた……だから…………!」
青白いスパークに痛めけられながらも、グリファリアスは自分の自由を封じている妖魔の身体を引き離そうとするが、
自分が力を加えれば加えるほど、身体を襲う苦痛は激しくなっていき、ついには彼の両足が地面から離れた。
「……カイザーの名前を、気安く呼ぶからよ」
そんな装甲神たちの苦しみ悶える様子をダロスの上から虚ろな瞳で眺め続けているマリアが、残酷なまでに感情のない声でそう呟く。
グランクロスとグリファリアスの苦悶する声は当然ながら、センチュリーを楯のようにして妖魔対策班特製の特殊ライフルでロムレスの群れを迎え撃っていた恵梨たちの耳にも届いていた。
「沙希ちゃん、二人を援護するよ!」
迫り来る鳥型妖魔の集団に対し、ライフルをすばやく連射してその全てを闇の世界に『帰す』事に成功した恵梨が、同じように引き金を立て続けに引いた沙希に向かって叫ぶ。
「了解です! ……涼子さん、拡張パーツとカートリッジをあたしたちに!!」
切羽詰った感のある沙希の言葉とは対照的に、「分かりましたわ」と丁寧な口調のまま返事をして
二人に所望された品物を投げて寄越す涼子。
恵梨と沙希は特殊ライフルに素早く拡張パーツを接続し、その銃口に聖水がたっぷり詰まったカートリッジをセットし始める。
その作業の間に生じた弾幕の隙間は、神楽が右手に特殊ライフル、
左手に実弾の入ったベレッタを構えて二人の分までカヴァーしようと奮闘する。
「セットアップ完了!」「……こっちもです!!」
ライフルのモードチェンジを終えた二人の戦巫女は、それぞれの装甲神を苦しめている巨大妖魔に向けて狙いを定め、
引き金に手をかける。
そんな彼女達を守るかのように、「うぉおおおおおっっ!!」と気迫を込めた声を上げながら、ライフルとベレッタを連射する神楽。
「行きますよ…………セイ……チーズっ!!」
打ち合わせていた訳では決してないが、沙希の号令に合わせてランチャーの引き金を同時に引く二人。
聖水そのものを打ち出していたときよりも重い衝撃が少女達の華奢な身体を襲い、二人は思わずその場でよろめき倒れそうになるのを、「届けぇー!!」という期待に満ちた声をあわせて踏み留まった。
戦巫女たちの手から放たれた『弾丸』はただ妖魔の身体だけをめざして一直線に突き進み、
その異様なまでに黒光りする胴体に直撃すると淡い青の光を発しながら破裂する。
その直後、装甲神たちに牙を向いていた妖魔の邪なる力が弱まった。
もちろん、それを見逃す獣王と空王ではない。
強烈な肘打ちを相手の胴に叩き込み、相手の右腕が自分の身体から宙へと離れたところを掴み上げてそのまま投げ飛ばす
グランクロス……そして、自分の首にかけられた妖魔の両手を逆に支点にし、両足で相手の胸を蹴り飛ばして
電撃から逃れたグリファリアスは体操選手のようにバック転を繰り返して相手と適度な距離を取る。
再び、タッグを組むような格好で睨みあう二組の装甲神と妖魔。
戦巫女たちが固唾を飲んで見守る中、今度は装甲神の側が先に動いた。
これから放つ一撃で勝敗を決するべく「はああああっ!」という気合いを込めた掛け声と共に、獣王が轟音立てて大地を疾走し、
空王がその大地を蹴って宙に舞う。
対する妖魔たちも、獰猛な雄たけびを上げて装甲神たちの動きにあわせる。
軽く引いた右の拳でそのままストレートパンチを相手に叩き込もうとする陸の王者たち。
すれ違い様、己の右足で相手の身体を射抜こうとする空の覇者たち。 それぞれの全身全霊の力を込めた拳や足がエネルギーで満ち、赤く熱を持ち始める。 天と地での凄まじい激突は、ほぼ同時に起こった。
グランクロスと『阿』の表情を持つ妖魔が互いの拳で互いの顔を強打した後、拳を突き出したポーズのままで微動だにしない一方で、全く対照的な翼を備えたグリファリアスと妖魔の右足同士が空中で交差したかと思うと、両者はキックを放ったポーズで着地してピクリとも動かないでいる。
この最後の激突が始まる前に生まれていた沈黙よりも、さらに重苦しい空気が戦巫女やその仲間たちの間で流れた。 だが、この沈黙は前と同様にそう長くは続かなかった。
「むっ…………!」
グランクロスが不覚を取ったのような声を上げると、甲冑を模した彼のフェイスマスクに無数の皹が入った。
沙希がさっと顔色を変えて両手で口を覆った時、獣王のフェイスマスクがパリンという乾いた音を立てて砕け散る。
だが、それを引き金にしたかのように、グランクロスの強烈なストレートを受けた部分を始点として、『阿』の表情を持つ妖魔の巨体にも無数の皹が入り、その身体は爆発と共に粉々に四散した。
炎の照り返しの中、背筋を伸ばして仁王立ちになろうとした獣王だが、彼自身が受けたダメージも大きいのか、何歩か前につんのめるような格好になる。
ほぼ同じタイミングで、空王と『吽』の表情を持つ妖魔との一戦にも決着が付いていた。
グリファリアスの蒼いボディの一部が激しい爆発に見舞われ、着地したままの格好を保てずに立膝を付いたのを見た妖魔は、勝ち誇ったように両手を上げて歓喜の意を示したが、すぐにそれは苦悶の表情へと変化した。
傷ついた胸を片手で押さえながらも、相手を射抜くような鋭い視線で蒼き空王が妖魔の方を振り返った時、その姿は既に激しい爆発の中に飲み込まれていた。
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