轟地将の動きが止まったのは、今まさに大剣の刃が大炎帝を両断しようとした時だった。
――グォッ……ガ……オオッ!――
 苦悶の呻きを漏らし、轟地将は後ずさる。
 見れば、その向こうに立つ“操り師”も、同じようによろめいていた。
――これは……! そうか、烈風神と佐倉さんが成功したんだ!――
「ああ! 今こそ杏奈と轟地将を助ける!」
 巧は両手をコクピット内部に走らせ、必要なスイッチを全てオンにした。
「リミッター解除! 行くぜっ、大炎帝!」
――おおおおおおおおっ!――
 立ち上がり、パワーをマックスまで上げた大炎帝の両手が、轟地将の胸にある猛牛の頭を掴む。
 グワアアッ!
 牛の口がいっぱいに開かれた。その奥に輝く心玉を、モニターが捉える。
「そこだ!」
 巧は大炎帝の右手に炎の力を集中させた。その名の通り、炎を思わせる真紅の輝きが、鋼の掌を包み込む。
――轟地将! 私の力を受け取れ!――
「杏奈! 目を覚ませ!」
 二人の呼びかけと共に、炎の右手が心玉をガッシリと掴んだ。力は一気に轟地将の中へと注ぎ込まれる。
――グオオオオオオオオオオッ!――
 轟地将の絶叫がこだました。
 その奥に“影渡り”の断末魔があるのを、巧は確かに聞いたのである。
「…………」
――…………――
 大炎帝は手を突き出したまま、硬直していた。轟地将もまた、動かない。
「杏奈……」
 巧の呟きに答えたのは、消えてしまいそうな、か細い女性の声だった。
「たく……み……」
「杏奈!」
 巧は身を乗り出した。ハッチを開け、外へ飛び出したい衝動を何とか堪える。
「無事か!? 杏奈!?」
「うん…………でもわたしは……」
 その口調で気付く。杏奈は、“影渡り”に乗っ取られていた記憶を――
「覚えてる……のか?」
「…………」
 沈黙が何よりもはっきりと、巧の疑問に答えていた。
「そう、か」
 大炎帝は手を引き、姿勢を正す。
――大炎帝……すまねぇ――
 悔やんでも悔やみきれない、辛そうな声が轟地将からも伝わってきた。
――話は後にしよう。今は他にやるべき事がある――
 厳かな口調で大炎帝は轟地将と杏奈に告げた。
「そう、だな」
 巧は“操り師”に目を転じた。
“操り師”は膝を付き、顔だけを大炎帝達に向けていた。どうやら、さっきの力の影響で、もう動けないらしい。
「さあ、もう終わりだ。人間の姿に戻って投降してもらおうか」
――殺さないんですか?――
“操り師”の調子は、追い詰められてなお、普段と変わらなかった。
「そうしたいところだけどな、お前の面倒も見ると綾に言った手前、無抵抗の状態で殺す訳にはいかないのさ」
――フフ、甘いですね――
 震える足で立ち上がろうとした“操り師”は、しかしそこから姿勢を崩して、床に手を付いた。
――どうやら、あなた方が手を下すまでもないよう……です……よ……――
 次の瞬間、“操り師”の全身が青い炎に包まれる。それは“異形”に共通して表れる死の兆候だった。
 うつ伏せに崩れ落ち、みるみる塵へと変じていく“操り師”。中心に隠れていた人間の姿が露になると、その肉体もすぐに発火した。
 他人の身体を乗っ取っていた“影渡り”と違い、人の肉体と“異形”の魂が強く結びついていた“操り師”は、広哉の力に耐え切れなかったのである。
 時間にすればほんの数秒、それだけであれほど巧達を苦しめた敵は、一握りの灰となっていた。骨の欠片さえ残らない。
――…………――
「……行こう。佐倉と烈風神が待ってる」
 巧は努めて感情を押し殺し、大炎帝に言った。敵の運命で感傷的になっている場合ではない。戦いはまだ続いているのだ。
「待って、巧」
 杏奈が巧を呼び止めた。
「私達も行くわ」
「杏奈……」
 僅かに逡巡し、それから巧は頷いた。
「分かったよ。杏奈は昔から、こうと決めたら絶対退かなかったもんな」
「…………うん」



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