ゴボリ――
 迸る力により、高さ二十メートルほどの場所で“破壊するもの”の肉壁が溶け、赤い石に閉じ込められる広哉の姿が覗いた。次いで赤い石も、細かな粒子となって消滅し、広哉の身体は完全に解放される。だが、もはや少年には何の力も残されていない。壊れた人形のように前へのめり、下へ向かって落下する。
――チィッ!――
 烈風神は突き出した手から目に見えない力を放ち、広哉を受け止めた。そのまま彼を、自分の方へと引き寄せる。
 ぐったりとした広哉は、烈風神の心玉へと吸い込まれた。
「広哉様!」
 綾は自分が今どんな姿かも忘れ、目の前へ来た広哉を抱き上げた。
「しっかりしてください! 目を……開けてください!」
 広哉の口からは、一筋の血が流れている。舌を……自ら噛んだのだ。
「お願いです! 広哉様! 広哉様がいなくなったら私は……!」
――落ち着け、綾! 広哉は生きている。生命の力は残っている!――
「えっ」
 言われて綾は気付いた。彼の身体の温もりは失われていない。
――すでに治癒の術を掛けておいた。連れ帰り、しっかりとした手当てをすれば、広哉は助かる!――
「よ、良かった……」
 ほっとすると、途端に全身から力が抜けてきた。そして気付く。
「……っ……聖海姫さんは!」
 綾が目を転じると、聖海姫は床に倒れ伏していた。
「聖海姫さん……!」
 すぐに烈風神が駆け寄り、聖海姫を抱き起こす。
――聖海姫っ、大丈夫か!――
――はい……何とか……――
 弱々しいが、返事があった。
――そうか。……長い間、待たせたな――
 かつて聖海姫を犠牲にした日から、烈風神の心に蟠っていた罪の意識。ついにそれを晴らす時が来た。
――夢のようです。こうして再びあなたと会えるなんて。これも、綾さんの想いの強さのおかげですね――
 聖海姫からの率直な感謝に、綾は赤面する。
「そっ、そんな……っ、私はただ……」
 しかし、そこで彼女達の会話は断ち切られた。
 部屋の奥から凶悪な気配が沸き起こったのだ。
――!――
 気配の元は床の上の小さな一点。倒れ伏す少女から放たれていた。
――これは!――
 少女が青い炎に包まれる。一瞬でその身体は燃え尽き……その跡から黒い闇が膨れ上がった。
――ォォォォオオォォォオオオオオオオォオオォォォオオォオォオ……ッ――
 圧倒的な負の思念。
 かつて名もない呪術師から受け継いだ失せる事のない憎悪。
“破壊するもの”の力の源が、造られた肉体との繋がりを絶たれたために暴走し始めたのである。
 闇はそれ自体が塊となって、部屋の中を縦横無尽に荒れ狂う。
――グ……ッ!?――
 直撃を受けそうになり、烈風神は霊力の障壁を張った。
 そうしてギリギリ、闇を受け流す。
――大丈夫か、聖海姫!――
――はいっ――
 皮肉にも“破壊するもの”の束縛から解放された事で、聖海姫の力はほぼ失せている。彼女も烈風神の障壁が護るしかなかった。
「何とか……しないと!」
 タイムリミットは目の前に迫っている。広哉も病院へ連れて行かなければならない。
 なのに……これでは一歩も動けない。攻撃のために障壁を解けば、次の瞬間には闇に吹き飛ばされてしまう。
 救いの手が差し伸べられたのは、その時だった。
 ズシャアアッ!
 背後の壁を突き破り、二体の巨人――大炎帝と轟地将が姿を見せたのである。
「大炎帝さん……! 小早川さん!」
――轟地将! そなたも元に戻れたか!――
「待たせたな!」
 巧の声が響く。
 聖海姫は身を起こし、彼らに告げた。
――大炎帝! 轟地将! 力を貸してください! 私達三人に残った霊力を、烈風神へ送るのです!――
――了解!――
――分かったぜ!――
 大炎帝の心玉が赤く、聖海姫の心玉が蒼く、轟地将の心玉が金色に、それぞれ輝きだす。
――受け取ってください、烈風神!――
 三つの心玉の輝きが収束し、光線となって、烈風神の背中に届いた。
「凄い……! 力が……湧いてくる……!」
 自分を包む圧倒的な霊力に、綾は息を飲んだ。
――綾さん! これが今の私達に出せる最高の力! 使いこなすのは……あなたです!――
 聖海姫の言葉が綾を後押しした。
「はいっ!」
 眩い緑の光が烈風神の心玉から生まれ、その全身を覆っていく。
 そして光の中、烈風神の翼は、金属製のそれから、命ある鳥の翼のようにしなやかなものへ変化した。
 身体も鋭角的な鎧を纏った姿へと変わる。
 バサリッ!
 力強く羽ばたいて、烈風神は宙に舞った。護りの壁を維持したまま、それをすり抜け、渦巻く闇へと突進する。
――はあっ!――
 振るわれた飛天槍が、闇を切り裂いた。
 二撃、三撃。
 みるみるうちに形を持たないはずの闇が削られていく。
――オオォオオオオオォォォォォォォオオオォォォォ――
 闇の叫びは、まるで己の憎悪にすがり、何としても生き延びようとしているかのようだった。
 しかし、烈風神はとどめの構えを取る。
――これで……終わりだっ!!――
――オオオオォォォォォオオォォォォォォォォ…………――
 閃光交差斬!
 烈風神の最も得意な連撃が、最後に残った闇をも完全に消滅させた。

 烈風神達は……勝ったのだ。



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