結界が破壊された時、佐倉綾は夢の中にいた。
 どこまでも白く、上も下もない世界。
 そこを、立っているとも横たわっているともつかない状態で、漂い続けている。
(ここは……どこ? 私はどうしたんだっけ……? ううん、私は……誰なの……?)
 ぼんやりと心の内でひとりごちる。
 何も思い出せなかった。何かやらなければならない大切な事があるはずなのに……。
――綾さん――
 どこか遠くから少女の声が聞こえてきた。誰かのものに似た響きの、優しい声だ。
(綾……それ、私の名前……)
 それによって、自分の名前だけだったが、綾は思い出す事ができた。
 しかし、それだけでは終わらない。声はなおも語りかけてくる。
――わたくしは聖海姫と申します――
(聖海姫さん……?)
――お願いです、綾さん。わたくしに……わたくし達に力を貸してください。一緒に“異形”と戦ってください――
(そんな……いきなり……戦えと言われたって……)
 綾はうろたえた。だが、同時に何か既視感のようなものも感じていた。そう、自分は一度、こんなやりとりをしている……。
――あなたにこれ以上戦えというのが、残酷であるのは認めます。でも今は……あなたの力が必要なのです――
(私の力……?)
 そうだった……私は求められて、今まで一緒に戦ってきたんだ……。
 でも誰と?
 何のために?
(それは…………)
 烈風神さんと……。
 広哉様を護るために……!
 二人の名を思い浮かべると、ようやく頭の中がすっきりした。
(聖海姫さん……! 前に烈風神さんが言ってました。聖海姫さんは色々な術を使えるんですよねっ?)
――ええ――
(それなら広哉様が……どうなったか分かりますか……!?)
――彼は……生きています。私と共に“破壊するもの”の中に閉じ込められていますが……――
(生きてるっ……広哉様が生きてる……)
 口元を綾は押さえた。知らず知らずのうちに涙が溢れてくる。
(助けに行かなくちゃ……広哉様を……!)
――綾さん……――
(聖海姫さん……私、すごく弱い人間なんです。初めて烈風神さんに会った時には逃げ出してしまったし、その後も何度も戦いを止めようと何度も思ったし……。でも、広哉様のためなら、いくらでも強くなれるような気がするんです)
 そこで綾は一旦、言葉を切り、自分を奮い立たせるための笑顔を作った。
(だから……もう起きなくちゃですよね)
 彼女は……目を開いた。
 現実に戻ってきたのだ。



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