綾達三人は懐中電灯を持って、烈風神がいる社の前まで来た。
 すでに真っ暗だったが、烈風神の暖かな気配があるからだろうか、恐ろしい雰囲気はない。それは広哉も美保も、無意識であるだろうが、感じているらしかった。
「庭にこんな場所が、あったんだ」
 物珍しそうに辺りを見回している。
「烈風神さん」
 綾が呼びかけると、社の奥に小さな明かりが灯った。
――綾、それに美保と広哉もか――
 今回は広哉達にも聞こえる声だった。
「僕らを知ってるの?」
――ああ。妾はこの館を中心に、ずっと世界を見守ってきたからな。そなたの親も、その親も、さらにその親も知っている。さて? 妾に何か用でもあるのか?――
「うんっ。……烈風神、僕達に烈風神と"異形"の事を詳しく教えて欲しいんだ」
――……ふむ?――
 唐突な申し出に、烈風神も先ほどの綾と同じく戸惑ったようである。
――……ならば、何から話そうか――
「まずは、自分の事から話してくれないかな? 悪いけどあたしら三人とも、烈風神の事をまるで知らないからさ」
 提案したのは美保だった。驚いた事に、相手が正体不明の存在だというのに、彼女の調子は綾に対する時とまるで変わらない。広哉のような気負いもなかった。
 もっとも、烈風神の方でも、その態度は気にしなかった。
――ふむ、承知した――
 彼女の返事に、綾は軽い緊張を覚える。
 それに気付いているのか、いないのか、烈風神は淡々と語り始めた。
――妾達はここと違う世界、いわば異次元で生まれた。だが、そこにおいて、妾達は意志も持たずに虚空を漂う、霊力の塊に過ぎなかった。それをこの世界の術者が召喚し、心玉という石に宿した上で、鋼の身体へ嵌め込んだのだ――
「心玉?」
――そう。闘神形態のとき、妾の胸に来る緑の宝石の事だ。綾はすでに見たであろうが、大炎帝の場合は赤い色をしている――
「大炎帝……やっぱり、あのロボットも烈風神さんの仲間だったんですか?」
――うむ。……言っていなかったか?――
「はい」
「湾岸基地の事件はニュースでも詳しい事を言ってないからね。大炎帝の中に誰が乗ってるかも発表されてないし。ま、いわゆる機密事項ってやつみたいよ」
 頭の後ろで両手を組みながら、美保が言い添えた。
――なるほどな。あやつは先の戦いで元の身体を失い、心玉のみで眠りに就いていた。恐らくそれを発見され、新しい身体を造られたのであろう。ともかく、最初に妾達が召喚されたのは"異形"と戦うためだった。"異形"どもがどこから来たのかは妾も知らぬ。ただ少なくとも彼奴らは人間を憎み、滅ぼそうとしていた。それに対抗する力を人間は求めていたのだ――
「烈風神には大炎帝の他にも、二人の仲間がいたんだよね?」
――うむ、轟地将に聖海姫という名の仲間がいた。轟地将は乗り手をそれほど選ばず、"術"も多くは使えなかったが、防御力と格闘能力は素晴らしかった。逆に聖海姫は乗り手を限定しながらも、妾以上に強力な"術"を使えた――
 言葉に合わせて、烈風神は空中に二体のロボットの姿を映し出す。
 一体は胸に牛の頭を持つガッシリとした姿、もう一体は胸に青い宝石のある、流線型の優美な姿をしていた。頑丈そうな方が轟地将、スラリとした方が聖海姫なのだろう。
「その二体はどこにいるの?」
 広哉の問いに、烈風神は一瞬沈黙した。そして間を置いた後で、重い口を開くといった風に告げる。
――……あやつらは、どちらも敵の指導者格と相討ちになってしまった。轟地将は次元の狭間に消え、聖海姫は自らを中心に、今でも敵を封じるための結界を張っている――
「じゃあ」
 広哉はゴクンと喉を鳴らした。
「中にいた人はどうなったの?」
――綾が心配なのだな?――
 そう問い返す烈風神の声は、心なしか労わるようだった。
「……うん」
――どちらも脱出した。正確には轟地将と聖海姫が、外へ逃がした。大炎帝も身体を失った時に同じ事をしたし、妾もいざという時にはそうする。だから安心していい――
「…………」
――次に"異形"の事だが、先にも述べた通り、妾も詳しい事は知らぬ。ただ、"異形"に知性があるのは間違いない。過去の彼奴らは"影渡り"、"操り師"、"破壊する者"という三体の指導者の元、組織だって行動していたからな。"影渡り"は次元の狭間を自由に行き来する能力を持ち、"操り師"は敵の心を支配する事に長けた"異形"だ。"破壊する者"は戦闘力だけなら最強の力を持っていた。轟地将と相討ちになったのが"影渡り"。聖海姫が抑え込んでいるのが"破壊する者"だ。"操り師"は妾が倒した。
 話せと言われて思い付くのはこの程度か――
「待って!」
 話を切り上げようとした烈風神を、広哉が引き止めた。
「どうしてパイロットに綾を選んだの? 綾は今まで戦った経験なんてないんだよ?」
――異世界で生まれた妾達が、この世界において力を使うには、世界と妾達を繋ぐ人間が必要になるのだ。しかし、それは誰でもいいという訳ではない。妾は"異形"復活の気配を感じて以来、共に戦える者をずっと探してきた。が、皮肉な事に、最も身近なところにいた綾以外、適する人間がいなかったのだ――
「なら、僕の家の庭にいたのはなぜ?」
――妾が戦ってきたのは"異形"だけではない。かつて別の敵と戦ったときに、妾はそなたの先祖を仲間に選んだ――
「それから……そうっ、なんで人間のために頑張ってくれるの?」
――うむ……――
 その問いは烈風神にとっても、難しくかつ大切なものだったらしい。しばし言葉を捜してから、彼女はゆっくりと言った。
――元は霧のようなものに過ぎなかった妾達が、こうして感情を持ったのは、人と出会い、心玉の内に入ったからだ。たぶん……それが理由、なのだろう。これまで意識した事がなく、うまく言葉にもできないが、な――
「…………うん、分かった」
 広哉の質問はそれで終わりだった。



NEXT