「綾……」
 社を辞し、屋敷へ戻る途中、広哉がポツンと呼んだ。同時に彼の歩みが止まる。
「広哉様?」
 一歩先に行った綾が振りかえると、広哉は地面を見るように下を向いていた。
「僕さ、綾が烈風神の中へ入った時、ちょっと怖かったんだ。綾が急に僕の知らない人になっちゃったみたいで」
 ギュッと彼は拳を握る。
「……ごめん、そんな風に考えるなんて。綾は僕達を助けてくれたのに」
「そんなっ、広哉様は私の心配をしてくれてるじゃないですか。私、すごく嬉しいんです。本当に、本当に嬉しいんですっ、だからっ……」
 広哉にはいつもの明るい広哉でいてほしかった。綾は自分の表現の貧困さがもどかしくてならなかったが、それでも気持ちは彼に伝わったようだ。
「綾……ありがとう」
 顔を上げた広哉はどこか泣き笑いのような表情をしていた。しかし、彼はそれを晴れやかな笑顔に変える。
「これからもよろしくね。何が出来るか分からないけど、でも手伝える事があったら言ってよ。僕はなんだってするから」
「え……」
 そんな広哉を前に、綾は屋敷を去るつもりだとどうしても言えなかった。
 しかし、この後に起こった展開を考えると、言わなくて良かったのである。



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