最先端技術の結晶といえるIDM地下設備だが、そこに勤めるのは生身の人間だ。当然、空腹も覚えるし、喉も乾く。
 そんなわけで、基地の一角には全体の構成からすれば恐ろしく不釣合いな、ジュースの自動販売機が置かれていた。もちろん一般の業者はここまで入れない。スタッフが外で補充分を受け取り、運び込むのだ。
 その前の長椅子に座って、巧は缶コーヒーのプルタブを捻った。
「それで、烈風神のパイロットはどんな人物でしたか?」
 スポーツ飲料を片手に、雅が尋ねる。
 巧は缶の中身を一気に半分ほど呷ってから、答えた。
「ああ、雅と同じぐらいの歳の女の子だったぜ。真面目そうで、ポニーテールの結構……いやかなり可愛い子だったな」
 その浮ついた感想が気に入らなかったのか、雅は微かに形の良い眉を上げた。だが、年若い少女がパイロットというのは、別に意外とも思わなかったようだ。
 巧もそんなところで話を止めない。
「あの場所に居たのは、その女の子の他に、別の女の子が一人と子供が一人。こっちの女の子も可愛かったぜ。ちょっと気が強そうで……」
「それはもういいです」
「へぇい。ま、三人ともかなり親しいみたいだったな」
 さらに巧は、自分が"視た"ものの詳細を雅と京一に語った。
 それを最後まで聞くと、京一は「でも」と缶を持ったまま、感心したように腕を組んだ。
「それだけ堂々と街中で烈風神の中に入ったのに、よく誰にも見られませんでしたね」
 しかし、それに対しては雅が首を横に振った。
「いえ。情報部の調査だと、目撃者はいたようです。烈風神と"異形"の戦いの一部始終については、驚くほどしっかりとした証言を得られていますから」
「じゃあ、どうして」
「大炎帝の話によれば、烈風神はパイロットを制限してしまう代わりに、多彩な"術"を使えるそうです。周囲の人間に対して、一種の記憶操作をしたのでしょう」
 それを聞いて、巧は僅かに顔をしかめた。
「目撃者の頭の中を、無差別にいじり回したのか?」
 だとしたら、あまり穏やかな話ではない。だが、それにも雅は頭を振って応えた。
「そこまでの事はしていないと思います。……例えば、何か強く印象に残る出来事に遭った時、人はその前後の事柄を思い出せなくなる事があります。烈風神はそれを、戦いながら人為的に起こしたのでしょう。もちろん、特殊な"術"である以上、何かプラスアルファの要素があるのでしょうが」
「なるほど。だから"異形"との戦いは鮮明に覚えてたって訳か」
「そうです」
「……えぇと」
 二人で納得する雅と巧に、京一は珍しく遠慮気味に口を挟んだ。
「まだ分からないんですが、どういう事なんでしょうか?」
「そうだな……」と巧は少し考えてから、指を一本立てた。
「仮に、女の子とお化け屋敷へ入ったとしよう」
「はあ」
「暗い通路を歩いていたら、突然お化けが脇から飛び出す。それでびっくりした女の子に抱き付かれたら、そっちばかり印象に残って、どんなお化けを見たかは、はっきり思い出せなくなるだろう? それと似たようなものさ。早い話、目撃者の意識を"パイロットの正体"から"戦い"へ反らしたわけだな」
 笑う巧を、雅はこの上なく冷ややかな目で睨んだ。が、彼女も内容そのものには同意する。
「……例えは低俗ですが、確かにそんなところです」
「今ので分かったか?」
「はい。大体」
「そっか。……ところで話は変わるが」
 と巧は真顔になって、雅に向き直った。
「昨日話した件、何とかなりそうか」
「次元の狭間へ吸い込まれない方法、ですか? それなら今、技術部が大炎帝の霊的防御力を高めるように調整を進めています。私も情報部と作戦室にこれまでの経緯を報告してから、そちらへ参加しますし、数日あれば作業は完了するでしょう」
「うん。急かしちまって悪いが、よろしく頼むわ」
「はい。私としても、せっかくボディを造った以上、大炎帝には活躍してほしいですから」
 雅はゴミ箱へ空になった缶を捨てて、長椅子から立ち上がった。
「そんなわけですので、失礼します」



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