烈風神と共に岩の"異形"を倒してから二日経った夜。
 佐倉綾は篠崎家の浴室で、頭上のシャワーから溢れる熱い流れに、身をさらしていた。
 ほどけば腰まで届く長い髪が、上気した肌へ張り付き、湯は無数の雫となって張りのある胸や太腿を滑っていく。
 記憶操作の術を行ったとは言え、あの場で救急車を呼んだ以上、"異形"に襲われた事実はごまかしようがない。本来ならば、警察やIDM関係者による入念な事情聴取を受けていてもおかしくはないはずだ。だが、各界に影響のある篠崎家の一子、広哉と共にいたのが影響してか、綾はさして質問責めにも遭わず昨日、今日と過ごす事ができた。
 病院に運ばれた美保も、今日の昼に帰ってこられた。烈風神が治癒術を使ってくれたため、傷は元からほぼ治っていたし、病院で行われた脳や神経の検査も、異常なしと結果が出ている。
 とりあえずは一段落だ。
 だけど……。
 綾はコックを捻ってシャワーを止めた。そして、その場から動かず、顔を伏せ気味に、息を吐く。
(このお風呂に入るのも、あと何日かかな……)
 彼女は一つの決意をしていた。
 篠崎家を出て行こう、と。
 美保があんな目にあった原因は自分にあると、綾は思っている。烈風神の仲間である自分を"異形"が狙ったから、美保は木の下敷きになってしまったのだ。
 もう戦う事を、やめようとは思わない。
 しかし、大切な人達を巻きぞえにするなど絶対に嫌だった。
(明日、落ち着いたら美保ちゃんに、今までの事を言おう。海外から戻られたら、旦那様にも事情を話して……。広哉……様にも……)
 そこで綾は胸を締め付けられる思いに襲われた。
(広哉様……)
 広哉は事件からこちら、綾を避けているようだった。美保と彼には、記憶操作をしていない。だから二人とも綾が烈風神に乗った事をしっかりと覚えている。それなのに、美保に付き添って入った病院で、広哉は「綾」と何かを言いかけながらも、結局何も言わなかった。それから一度として、彼は綾の目を見ようとはしない。話しかけてもこない。
(やっぱり……怖い思いをさせちゃった……もんね……)
 綾は自分を納得させようと、心の内で呟く。
 しかし、寂しさは消しようがなかった。
 とはいえ、別の救いはある。昼間、自分が迎えに行った美保の態度は、これまでと変わらないものだったのだ。美保も烈風神については触れようとしなかったが、それは彼女が『相手の言いたがらない事は聞かない』をモットーにしているから。それが綾には分かったし、あえて普通に接してくれる親友の存在はたまらなく嬉しかった。

 綾はもう一度息を吐き、浴室の外へ出た。



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