さて、"異形"が出現した地点とIDM極東支部基地のほぼ中間には、無数のビルがそびえており、一つのオフィス街を形成している。
"彼女"はとあるビルの屋上に立ち、空を見上げていた。
 年の頃は二十歳前後。どこか猫を思わせる雰囲気の眼差しを持っている。
 端正な顔立ちだが、しかし同時に、どんなに鈍感な者でも分かるほど、まがまがしい雰囲気を身体中から発散していた。
「……来た」
 ふと短く呟き、"彼女"は中空へ何かを描くように、右手の人差し指を動かした。
 特に道具を持っているわけでもないのに、その軌跡には黒い筋が残る。
 いや、それは筋などではない。指と同じ程度の太さだが、まぎれもない"闇"だ。
 昼の陽光の中、空間を切り取ったように闇が文様を形作っていくのだ。
「ふふっ」
 やがて"彼女"は含み笑いを洩らすと、これで完成と言うように、指をサッとはらった。
 同時に文様は溶けるように消えうせた。
 その直後、空の彼方に豆粒のような点が現れた。
 事件現場へ向かう大炎帝だ。
 ビル街のはるか上にいるため、近づいてきても、"彼女"の目に映るそのサイズはまるでミニチュアのようである。
 大炎帝は、"彼女"に気づく事もなく、通り過ぎて行こうとした。
 だが、その真ん前に、揺らぐような空気の波が現れる。
 高速で飛んでいた大炎帝は、回避する間もなく、そこへ突っ込んでしまった。
 すると、まるで飲み込まれるように、大炎帝は機首から後部までが消えていった。
 時間にすればほんの瞬きする程度。
 それだけで大炎帝の姿はこの世からなくなってしまったのである。



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