「それで今日は体育の時間にね――」
 帰り道、広哉が話す学校の出来事を、綾は彼と並んで歩きながら聞いていた。
 篠崎家は綾がいた病院から、歩いて十分と少しの距離にある高級住宅街に建つ。
 美保が先に立ち、その後ろに綾と広哉が続くような形で、三人は幅広いが閑静な道を歩いていた。
 身振りを交えて語る広哉の笑顔を見ていると「癒される」と言うのだろうか、綾も自然と口元がほころんでくる。
 ふと目を移すと、広哉の手が目に留まった。
「…………」
 ちょっとためらった後、綾はそこにオズオズと自分の手を伸ばした。
 今が、この平和な時間がまぎれもない現実である事を、確かめたい。
 広哉のぬくもりは、それを自分に教えてくれるはずだ。
 だが、二人の手が触れる寸前、綾はドンと美保の背中にぶつかってしまった。
「きゃっ!」
 よろけながら、それでも尻餅をつくのは堪えて前を見ると、美保はいつの間にか立ち止まっていた。
「美保ちゃん、どうしたの?」
「あれ……何よ……」
 美保の呟きは、返事したというよりも、思わず洩らした独り言のようだった。
「え?」
 綾は美保の目線を追う。
 その先の空にあったのは……。
「……っ!」
 昨日見たあの"異形"の核、それと核を取り巻く無数の岩片だった。
「こ、こんな事って……」
 綾は唇をわななかせた。
"悪夢"は半日と自分を解放してくれなかったのだ。
 綾達の前で、岩は核を中心に集合する。
 あの"異形"が再び現れた。
「ШФГВСУ……」
"異形"はゆっくり頭をめぐらした。
 その動作は綾達を認めた所でピタリと止まる。
「あ……」
 綾は震える脚で半歩後ずさった。その恐ろしさにすくんだ彼女の両手が、広哉と美保に掴まれた。
「綾!」
「何やってるの!? 早く逃げるの!」
 二人に引っ張られるようにして、綾も"異形"に背を向けて走り出した。 
 しかし"異形"はそれを見逃さなかった。
 先日と同じように、手をゆっくりと差し出す。
 今回はその人差し指の部分だけが、発射された。
 ズドォォォンッ!
 指は綾達のすぐ後ろに着弾する。
 たとえ直撃されなくても衝撃はものすごい。
「きゃああっ!」
 あおられて綾は、前に倒れた。
 その拍子に、広哉と美保の手が、ズッと滑って綾から離れる……。



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