裏庭へ戻った綾は、息を切らせながら尋ねた。
「"異形"って、あれって何なんですか!?」
 すぐに答えが聞こえた。
――言ったはずだ。人に仇為す者であると――
「じゃあ……じゃあ、悪者なんですね!?」
――いかにも――
「それなら……私っ……私にどんな力があるのか分からないけどっ、あなたに貸します! ううんっ……私にあなたの力を貸してくださいっ!」
――承知した――
 次の瞬間、光が再び、綾を包みこんだ。
 その中で、綾のメイド服は溶けるように消滅する。
「って……ええええっ!?」
 一瞬で綾は全裸となっていた。
 幼い顔立ちと性格に似合わない大きなバストも、露になってしまう。
「きゃっ……きゃああああっ!?」
 思わず両手で乳房を隠し、太腿を合わせる。
 だが、声の方は至って落ち付いていた。
――うろたえる事はない。戦いが終われば、服は再生する。妾とつながりを強くするには、余計なものを身につけぬ方が良いのだ――
「そ、そんな事言ったってぇ……」
 戦う決心をしたばかりだというのに、綾は世にも情けない声を出してしまう。
 しかし構わず烈風神は言った。
――そなたの来た時の様子から見るに、急いだ方が良いようだな。転移するぞ――
 フワリと軽い浮揚感が綾を揺らした。
 直後、周囲から光が消えいく。
「やっ……ちょっと待ってください! 今、裸なのにっ……外に出たら私……!」
 綾は言いかけて、目を丸くした。
 町並みが足元十数メートルに広がっている。
 彼女は空に浮かんでいたのだ。
――今、そなたは妾の中にいる。そなたの戦う意志が、我を動かすのだ――
「え……?」
――ヤツが来るぞ――
 烈風姫の言う通りだった。
 正面に建つマンションの壁を砕いて、あの"異形"が姿を見せる。
 その時になって綾は、周囲の建物が広哉の学校近くにあるものだと気付いた。
 どういう原理かはともかく、彼女と烈風姫は屋敷からここまでを瞬間的に移動をしたのだ。
"異形"の方も烈風神の姿を認めた。
 目らしい目などないのに、強烈な視線と殺意が綾に放たれる。
「ヒッ……!」
――ひるむな!――
 すかさず烈風神の叱咤が飛ぶ。
 おかげで敵に呑まれる前に、綾は踏み止まれた。
「……あの怪物を放っておけば……広哉様が……」
 知らず知らずのうちに拳を握り、自分に言い聞かせるように彼女は呟いた。
 キッと顔を上げ、正面を見据えて叫ぶ。
「烈風神さん! あの悪者をやっつけましょう!」
――承知!――
 綾に見えるわけもなかったが、今の烈風神は幻と違い、鷹に似た姿をしている。
 それが綾の闘志に反応して、一直線に空を飛んだ。
 矢のような嘴の一撃が"異形"の腹部に食い込み、両者はもつれあうようにして倒れこむ。
「твУШшсгПЫшпвз!」
"異形"は口から、人間には発音不可能な声を迸らせた。
 手で烈風神を突き飛ばす。
「きゃあ!」
 衝撃は綾へも伝わった。
「だ、大丈夫なんですか!?」
――む、この姿のままでは苦戦しそうだな。綾よ。変形の指示を――
「変形……?」
――そうだ。今の妾は鳥神形態、ヤツには闘神形態の方が有利だ――
「あうっ……わっ、分りました! 烈風神さんっ、変形してください!」
――承知!―― 
 烈風神は変形した。
 背部にあった大型バーニアを回転させて脚部とし、胴体部の脇から腕を展開させる。
 腕の先には鷹の爪が来て大きく開き、その間から手が現れた。
 最後に鷹の嘴が大きく開き、彫像のように端正な顔が出る。
 一瞬で烈風神の姿は、綾が社で見た幻と同じものになったのであった。
――裂・風・神っ!――
 叫び、烈風神は身構える。
 綾にも自分を包む空気が変わった事は伝わった。
「私は……どうやって戦えばいいんですか!?」
――綾よ、先ほどすでに見たであろう。我の姿を――
「それなら……」
 綾の頭にイメージが浮かぶ。
――烈風爪!――
 鷹の鋭い爪が、手の甲に装備された。
 その状態で"異形"に突きが撃たれる。
 ザクッ!
「гТШЪжсвС!?」
 大きく"異形"の肌が裂けた。
 だが、血は出ない。
"異形"が生物ではないという証だろうか、傷口の向こうでは闇が渦巻いている。
 烈風神の攻撃はさらに続いた。
 金属製の巨体とは思えない速さの乱打に、"異形"は後ろへよろめく。
「今!」
――飛天槍っ!――
 烈風神の背中から槍の柄が飛んだ。
 それが手に収まると、両端からは光の刃が生み出される。
――閃光交差斬!――
 弧を描くように振るわれた刃は"異形"を腰辺りから切り上げ、返す動作で反対側も斜めに打ち上げた。
"異形"に大きくXが刻まれる!
「мнышхШЭЖГВМ!!」
 次の瞬間"異形"の身体は青い炎に包まれた。
 そのまま虚空に蒸発していく。
 数秒後には死骸どころか、一握りの灰さえ残らなかった。
「……やった……んですか……?」
 思ったよりもあっけなかった。
 だがそれまでの緊張が一気に押し寄せてきて、綾の全身は無意識に震え始める。
 気を抜けば、その場に座り込んでしまいそうだ。
――そう、そなたと妾の勝利だ。しかし、あれは"異形"の中でも最弱の者。これからの戦いはもっと苦しいものになっていくであろう――
「え?」
――これからも頼むぞ――
「って……ええええ!?」
 綾が反論するよりも先に、彼女の視界は例の光に覆われた。
 その数秒後に、綾は屋敷の庭へと戻っていた。



NEXT