背後で壁が元に戻ると、綾達は完全に外界と遮断された。だが、日の光が入ってこなくても、“破壊するもの”の中の肉壁は所々が斑に発光しており、周囲を見回す事は十分に可能だ。
ガシャリ、と機械音を立てて、大炎帝はタンク形態から人型に変形した。
「まるで生き物の身体の中に入ったみたいだな。外から見てもまんま心臓だったし……ここは右心室ってところか」
「まあ、そんな感じですね」
巧の感想に、慇懃無礼な口調が答えた。
「!」
「!」
正面からだ。
人間二人と巨人の二体、計八つの目がそちらの壁を向く。その高さ十数メートルの辺りで、壁の一部がまるで自動ドアのように開いた。そして牧師服姿の青年と、猫を思わせる瞳の女性が宙を滑るように入ってくる。
牧師服の青年が軽く一礼した。
「はじめまして、私は“操り師”と呼ばれている者です」
「……やっぱりな。基地に残った襲撃の記録を見て、そうじゃないかと思ってたんだ」
巧は牽制するように、大炎帝を操縦し、マルチランチャーを二人へ構えた。
だが、綾の方は戦うよりもまず叫んでいた。どうしても聞きたい事があったのだ。
「……教えてください! どうしてあなた達はそこまで人間を憎むんですか!? こうして同じ姿で言葉も通じるのに……話して分かり合う事はできないんですか!?」
「あなたは優しい女性ですね」
“操り師”が微笑んだ。
「ですが、それはできませんよ。私達はある人との『契約』によって動いているのです」
「けいやく……?」
「はい。かつて、この列島には無数の邑が存在していたのをご存知でしょうか。今あるこの国も、それらが争い、征服し合う事で築かれていったのです。そんな中で、滅ぼされたある邑の呪い師が、敵への憎しみをもって私達を召喚したんですよ。願いは一つ。『自分から家族も友人も奪った邑の人間の血を、子々孫々に至るまで全て根絶やしにしてくれ』。悪い事に仇の邑が、この島国を統一してしまった……」
「そんな……!」
「私達は『契約』によってのみ、この世界にとどまる事を許された存在です。だからこそ今なお、呪い師から受け継いだ術で、同胞を呼ぶ『門』を開き、戦い続けているわけなのです」
――引く事はできぬ、そう言い張るわけか――
「申し訳ありませんけれど、ね」
――ふん……! だが“操り師”よ。貴様が生きていたとは正直意外だよ。あの時、妾は貴様を確実に仕留めたと思っていたのだがな――
「ええ、確かに私は消滅しかけました。しかし、ギリギリのところで、魂の一部を人間の女性の胎内へ送り込む事に成功していたのです。そこから何度も転生を繰り返し、自分を再構築していったわけですが……いやぁ、時間がかかりましたよ。今の力と記憶を取り戻せたのは、この身体になってからですからね」
――なるほど。妾の詰めが甘かったか――
「あなたには感謝しているんです。人の身体になったら、より強い力を使えるようになりましたし、“影渡り”さんを助け出すヒントも見つけられました」
「……おい」
ジリッと大炎帝が歩を進めた。
「それはどういう意味だ?」
「簡単な話です。“影渡り”さんはギリギリの力で轟地将さんを押さえ込みながら、次元の狭間をさまよっていた。だから、私は二人のパワーバランスを崩すため、“影渡り”さん用の肉体を用意してあげたのです。ある研究所の実験で、ちょっと事故が起きるように仕組んでね」
「ほぉ、あれをやったのは……貴様だったか」
巧の声はこれ以上ないくらい低くなっていた。対して“操り師”は、意味ありげに口の端を上げてみせる。
「そういえば、あなたもあの研究所の出でしたね、フフ」
「……大体の事は分かったよ」
二体の“異形”を睨んだまま、巧は言った。
「佐倉、烈風神。俺はこいつらと因縁があるんでね。ここは俺に譲らせてもらう! ドリルシュゥートォッ!」
大炎帝の肩からドリルが飛んだ。それが“破壊するもの”の奥へ通じる内壁を突き破る。
「チッ!」
“影渡り”が舌打ちして動こうとした。だが、大炎帝はマルチランチャーをガチャリといわせ、彼女の注意を自分に向けさせる。
「さあ、行け!」
促されて、綾は悲鳴混じりに訴えた。
「でも、二人の指導者クラスと一度に戦うなんて無茶です……! それに相手は半分人間なんですよ!?」
「そこらの辺りもまとめて面倒見てやるさ! いいから行くんだ! お前には助けなきゃいけない相手がいるんだろう!?」
そこでスピーカーから漏れる巧の声は、いつもの優しい響きに戻った。
「俺にもいるんだよ、助けたいヤツがさ。京一を信じてくれたんだ。俺の事も信じてくれないか」
巧の助けたい人物、それが具体的に誰なのか、綾には分からなかった。が、先ほど言った「研究所」や「因縁」という言葉と関係があるのだろう。
「分かりました……! 信じます……っ!」
烈風神は床を蹴る。
「させない!」
巧が生身の自分を撃たないと判断をしたのか、“影渡り”は指を動かした。瞬時に完成した魔法陣からは、雄牛の頭を胸に持つ巨人、轟地将が呼び出される。
「はっ!」
雄牛の口が開き、その奥にあった心玉へ“影渡り”は吸い込まれた。
――グオオオオオオオオオオオオッ!――
轟地将の心玉から生み出された巨大な斧が、穴を目指す烈風神に振るわれる。
――何の!――
紙一重でかわした烈風神は、穴へと身を滑り込ませた。
――オ……!――
轟地将は烈風神を追おうとした。だが、その側面にマルチランチャーの弾丸が炸裂する。
――グオオオッ!?――
轟地将は大きくよろめいた。
「こいつは表面に攻撃用の魔法陣を刻み込んだ呪紋弾ってヤツだ。コストはバカ高いんだが、どうだい。その分、効くだろう?」
その間に“破壊するもの”の能力が、壁を元通りに塞いだ。
「やれやれ。ならここは、各個撃破といきますか。まずはあなたです!」
“操り師”は右手を高く掲げた。
「大気に渦巻く邪念よ、私の元へ!」
その呼びかけに応え、黒い粒子が発生して“操り師”の元へ集まっていく。
粒子は巨大な人の姿を取り、“操り師”を完全に包み込んだ。さらに硬い肉体を持った実体へと変わる。
「へえっ、あんた、自分でも戦えたのかよっ!」
“操り師”は、僅か一瞬で、大炎帝と同等の身長を持つ、巨大な天使の姿になっていた。
彫像のように美しい身体と顔立ち、だがその翼は、闇を凝集させた影響からか、漆黒のものとなっている。
「牧師に天使、つくづく悪い冗談みたいな姿を選ぶヤツだ」
「はは、性格ですから」
「そうかい!」
改めて大炎帝はマルチランチャーの銃口を目の前の二体に向けた。
そして烈風神は……『彼女』と対峙する事になる……。