宙に浮く“操り師”と“影渡り”そしてもう一人の足元で、三陸海岸沖の海面は日の光を反射して白く輝いていた。
「いよいよ“これ”を使うときがきましたね」
“操り師”が三人目を見ながら薄く笑う。
 三人目というのは、まだ十二、三歳の少女だった。
 クセのない黒髪を背中まで伸ばした彼女は、まるで轟地将に乗る“影渡り”のように一糸まとわぬ姿だ。もっとも、その胸も腰も未成熟で薄く、雰囲気はだいぶ違う。
 さらに大きく違っていたのは表情だった。というより、少女には表情というものが一切ないのだ。整いすぎるほど整った顔立ちと相まって、彼女はまるでよくできた彫像か人形のようであった。
 余裕の相を見せる“操り師”と違い、“影渡り”の少女を見る目は疑わしげだった。
「こんなのを使って、本当に聖海姫の結界を破壊できるわけ?」
「もちろんです。確かに聖海姫の結界は強固ですが、その内外で、同じ波長の魔力の持ち主が同時に力を解放すれば、両者につながりが生まれ、結界に穴を開ける事ができるのです。この全く同じ波長、というのが難しいんですけどね。調整には苦労しましたよ」
「ふうん。ま、いいわ。理屈は良くわからないけど、やってみれば結果は出るわけだしね」
「その通りです。さあ、やりなさい」
 命じられると、少女はコクンと無言で頷いた。
 精神を集中するように目を閉じる。彼女の小さな唇が開いた。
「…………ぁ」
 膨大な魔力が、華奢な身体から放出され始める。
 目に見えない力に空気が共鳴し、ピリピリと震えた。
「なる、ほど。やるじゃない……」
 ここまでの力を発揮するとは思っていなかったらしく“影渡り”の声は興奮に上ずっていた。
「んあ……っ……あ……あ……あっ」
 軽く背を反らせ、少女は力を生み続ける。白い肌は桜色に染まり、玉のような汗が浮いていた。元が可憐で幼い容姿の持ち主なだけに、切なげに喘ぐような姿はひどく背徳的である。
「……これってあんたの趣味じゃないわよね?」
「何の事ですか?」
 まるで意味が分からないというように、“操り師”は首を傾げてみせる。
「……もういいわ」
 一方、二人のやりとりなど耳に入っていないように、少女の声は次第に高く切れ切れになっていった。
「ひっ……うっ……あはっ……あっ……やっ……あああああああっ!」
 まるでエクスタシーでも迎えたように、高い声をあげた彼女は、空中で硬直し、手足を小刻みに震わせた。
 海に変化が起きたのはその直後だった。
 それまでは自然のままに波打っていた水面が、大きく渦を巻き始めたのである。
「……封印が解けたみたいね」
「……ええ。“破壊するもの”とまで呼ばれ、人間から恐れられた私達の仲間……。さあ、目覚めの時です!」
 最強の力を持つ“異形”の復活。
 それは……人間と“異形”の最後の戦いの始まりを意味していた。
 綾は……まだ目を覚まさない。



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