|
『この一品をあなたに……』
脚本 毬谷敦子 |
|
「カイザー、一気に勝負よ!」「了解、麗奈!!」 己の戦巫女の言葉に合わせて、炎に包まれた火龍剣を手にした赤き龍王が大空へと舞い上がり、必殺技を放つ体勢に入る。 「必殺……『牙龍天聖斬』!」 上空から猛スピードで落下する勢いを利用して、異形の怪物に対して気合いとともに斜め袈裟に愛剣を振り下ろすドラグカイザー。 その鋭い一撃は狙い違わず妖魔の身体を真っ二つに切り裂き、相手は断末魔の叫びを上げながら大音響とともに四散する。だが……。 「…………!? どうしたの、カイザー?」 火龍剣を肩に収め、爆発の照り返しを受けながら雄々しく仁王立ちになっている龍王のわずかな異変に、御国守麗奈はすぐに気が付いた。 勝利の雄たけびとも言える、胸を飾りし龍の咆哮が心なしかいつもより弱々しいのだ。 その証拠に、「いや、何でもない」と彼女に答えた矢先……その巨体がぐらりと傾き、ドラグカイザーは思わず片膝を付いたかと思うとその姿は合体前の赤き装甲神の姿へと半ば強制的に戻っていた。 カイザーの両肩は苦しそうに上下に荒く揺れ動いており、何よりも背中に斜めに走る痛々しい傷からはまるで血のように赤い火花が散っている。 あろうことか妖魔は『牙龍天聖斬』をその身に甘んじて受けた瞬間、刺し違えるかのように赤き龍王に右手の鋭い鎌で手痛い一太刀を浴びせていたのだ。 苦痛に満ちた呻き声を漏らしながらもカイザーは何とか立ち上がって見せようとしたが叶わず、轟音とともにそのまま地面に倒れ付してしまった。 「か、カイザー!? ちょ、ちょっとしっかりしてよ!!」 慌ててその元に駈け寄る麗奈だが、やはりカイザーは起き上がれないまま、震えるように身悶えするばかりだった。 「……本当に大丈夫かな、カイザー」 至極心配そうな顔で龍王窟を何度も振り返りながら呟く麗奈。 「傷は深いけれど命に関わるほどじゃない。ただ前回の魔族との戦闘のダメージが残って居たのだと思う、しばらく安静にしていれば治るよ」 恵梨のネックレスとなっているファリアスが、そんな彼女を安心させようと穏やかな口調で話し掛けるが、実際のところは彼自身を含めた装甲神たちもカイザーの傷の具合を非常に案じていた。 人間で言えば脊髄にあたるところにダメージを受けており、今のカイザーは自由に四肢を動かす事が出来ないばかりか、ファリアスやグランタイガー、グランバイソンのように戦巫女の装飾品へと姿を変える事も出来ない。 そんなわけで赤き装甲神は龍王窟の中で文字通りそっと『横たわって』いる。幸いな事に人とは違って、そうしていれば一週間以内には回復するとは分かっているものの、仲間の負傷はやはり気が気ではなかったのだ。 「身体は弱っている時は、やはり美味しいものを食べて体力を回復するというのが一番ではありません? ほら、カイザーさんたちもちゃんとモノをお食べになりますから」 ちょっと会話が沈みがちだった時、涼子がパッと目を輝かせて提案する。 「なるほど、それは良い考えですね。よし!……わたし、頑張っちゃおうかな」 うんうんと何度も大きく頷きながら両手をぐっと握り締める麗奈。 だが、そんな彼女の熱の入り方を見た沙希が悲鳴のような声を上げる。 「えーっ!! 今のカイザーに麗奈さんのお料理を食べさせるっていうのはちょっと無謀なのでは? 治るものも治らなくなってしまうかも……」 「そういえば、麗奈ちゃんってお料理ダメなんだっけ?」 「ダメって訳じゃないないんですけど、味付けが微妙なんですよ。なかなか表現しづらいのですけど、実験的な新メニューの試作品って感じで……」 「そ、そんな事ないもん! わ、わたしの料理はちゃんと食べれます! 教授兄さんだって家に帰って来た時は、わたしの料理をすごく楽しみにしてるらしいし」 好き勝手な事を言い始めた沙希と恵梨に対して、少し唇を尖らせて麗奈は強く抗議したが、恵梨は次の一手に困っている棋士のような非常に難しい顔で「うーん、でも教授さんってちょっとエキセントリックなところがあるから、味覚も変わっているかも」と唸る。 あまりにも真剣な口調で恵梨が言うので、麗奈も自信がなくなってきたのか「えっ?」と困ったような顔になって小首を傾げた。 「まあまま、だったらわたくしたちでまず麗奈さんのお料理を頂戴してみては? もしかしたらカイザーさんは『大人の味』がお好みかもしれませんから、詩織さんもお招きしてみて……ね? そうしましょう」 つい先程までとは違った意味で『重い』沈黙が生まれかけたが、涼子は絶妙なタイミングでまたもや建設的な意見を口にするのであった。 その日の夜。御国守家を舞台に、早速麗奈の料理の腕を『審査』する事となった。 「どんなものを食わしてくれるのか楽しみだな。麗奈の話だとフランス料理とイタリア料理の折衷みたいな超豪華メニューだって言うんで、ホラ」 難事件が解決したばかりという神代詩織は上機嫌で高級そうなワインボトルを二本、テーブルの上に置いた。肉料理と魚料理のどちらも楽しめると踏んでいるのか赤白両方持参してきていり、なかなか芸が細かい。 「なにしろここしばらく張り込みでずーっとコンビ二頼りな食生活だったからな。 今日は大いに飲み、かつ食うぞ♪」 「あのー、そこまで期待しない方がいいかもしれないですよ……」 詩織が本当に『スペシャルな御馳走』にありつけると思っているのであまりがっかりさせない方が良いと思ったのか、遠慮がちにやんわりと釘を指す沙希。 そうこうしている内に最初の一品が四人の下に運ばれてきた。 「お待たせ。前菜も兼ねた海の幸のサラダよ。小皿に取りわけて食べてね」 胸元に描かれたニンジンのイラストが可愛いエプロンを身に付けた麗奈が、レタスやトマトといった定番のものからルッコラなど普段はあまり使わないものまで色とりどりの野菜とマリネしたイカやタコ、白身魚のお刺身を中心とした魚介類がふんだんに散りばめられている大皿を前にして、いつになく張り切った声で説明する。 彼女に言われるまま、フォークとスプーンを使って各々の皿に料理を取り分ける一同。 いただきます、という声の後、しばらくは食事を咀嚼する音だけが食卓を支配した。 「……ど、どうなのかな? 味の方?」 とてつもない不安に駆られているのか、少し掠れ気味の緊張した声で麗奈が口を開く。 「悪くはない味だ。まずは、冷たくてさっぱりしたものを持ってきて、食欲をそそるっていうのも正解だしな。ただ…………」 今宵の『審査委員長』に指名されている詩織がまずは好意的な評価を下した後、白ワインで口を一度漱いでこう付け加えた。 「ドレッシングに微妙にワサビとか混ぜてないか、お前?」 「あはは……御明察です。隠し味が何か欲しいなぁ、と思って。おかしいかな?」 怪訝そうに片眉を少し吊り上げて見せた詩織の前で、麗奈はちょっとだけ舌をペロリと出してみせる。 それを見た沙希と恵梨が(先が思いやられる……)とでもいうように深い溜め息を付く。 「うーん、おかしくはないんだが……少なくとも、このまま食べるよりも醤油につけて食べたくなったのは間違いないな…………」 そんな二人につられたように、口元に苦笑いを浮かべて詩織はもう一口ワインを飲んだ。 以下、これ以後のメニューを簡単に記しておくと……。 麗奈特製クリームスープ:スープというよりはお味噌汁といった方がしっくり来る、どこか日本的な味だと思ったら、これには通常のクリームスープの味付けに白味噌がベースに使われていたりしているばかりか、具の中にこれで出汁をとったのではないかと思われる昆布が入っていたりする。 「まあ、お味噌汁に牛乳を入れて味を調えたりされる方もいらっしゃいますから……」とは涼子の言だが、そんな彼女も微妙に首を傾げていた事を追記しておく。 アスパラガスのオーブン焼き:新鮮なアスパラガスを一度茹でた後、溶かしバターと粉チーズをかけて軽く焦げ目がつく程度にオーブンで焼くという一品なのだが、アクセントとして粉チーズの中に山椒が『隠して』あった。 「さ、山椒じゃなくて香草か何かならもっと良かったかも」というのが沙希のコメント。 白身魚の蒸し焼き・ハーブオイルソース仕立て:使った魚は恵梨が好物だというのでタラなのだが、この際さほど魚の種類は関係ないのかもしれない。香り付けとして用いたのが白ワインではなく、日本酒だという点が最大の『ポイント』なのだから。 「うーん。酒蒸しにするなら、いっそのことおろしポン酢で食べちゃった方が……」好きな食材だけに、恵梨は思わず本音が出てしまったようだ。 サイコロステーキ・ミラノ風:料理の本を見てそのまま作ったと麗奈本人は言っているが、おそらく教本には柚子の皮ではなくレモンの皮を使え、と書いてあったに違いない。醤油を(勝手に)加えている事もあって、どのあたりがミラノ風なのか全く不明である。3色のカラーピーマンやズッキーニなどの付け合わせがそれっぽいだけに、余計に食べた時の和風っぽい味とのギャップが激しく感じるから不思議だ。 「さて、審査委員長……シメの講評の方をお願いいたします」 食後のデザートとして出されたふんわりスフレチーズケーキとコーヒーにはさすがに 期待通りの味だった事に胸を撫で下ろしながら、恵梨が詩織に促した。ぶっちゃった話をすれば、麗奈を除く一同はこのチーズケーキの中にもし粒あんでも隠れていたら……などとよからぬ想像をしていたのである。 「悪くはない。料理の腕自体はなかなかものだと思う。魚もちゃんと自分で捌けていたようだし、これだけ手の込んだものが出来ればたいしたものだと思う」 詩織は最初のサラダの時と同じくまずは誉め言葉を口にする。 そのため、麗奈は「そうでしょ、そうでしょ」というように得意気な表情を作った。 「でも、料理の『方向性』がなぁ……正直言って、今日はワインじゃなくて日本酒を持ってきた方が良かったような気がする」 「あの……それって、やっぱり味付けが今一つってことですか?」 残念ながら満点はやれんな、とでも言いたげな溜め息とともに詩織が首を大きく縦に振ったため、すぐにガックリと肩を落す羽目になる麗奈。 「でもさ。筋はいいんだから、麗奈ちゃんが和風の味付けにしようとするのをあたしたちが軌道修正してあげればいいって事でしょ?」 「そうですわ。わたくしたちも協力しますから」 「沙希もするですー! もっとも、あたしは多分ビデオで麗奈さんの姿を撮ってるだけかもしれませんけどね」 「……ま、とにかく欠点が分かったなら、そこを治せばいいだけの話さ。頑張れよ」 意気消沈しかけている自分を励ますように、最後の『評価』の代わりとして友人たちが口々に優しい言葉をかけてくれる事に、麗奈は少しだけ顔を紅潮させて大きく「うん」と答えるのであった。 「……ざっとこんなものでしょ? 試しに味見をしてみたんだけど、見た目を裏切らない味でバッチリ決まってるし、言うコトなし! だね」 沙希が用意した白い割烹着に身を包んだ恵梨が、テーブルに並べられた料理を前にして満足そうな顔で何度も大きく頷いた。 基本的には昨夜麗奈が作ったメニューなのだが、味付けの方は麗奈がお得意の『オリジナリティー』に走らないよう、恵梨たちがブレーキをかけていた。基本的に作業を手伝う事はせず、彼女たちはあくまで『お味見役』だ。 鮮やか青を基調としたテーブルクロスの上にある料理の数々は盛り付けも綺麗になされており、ちょっと洒落たレストランを思わせる雰囲気を漂わせていて見てるだけでも食欲を充分に引き出す代物だった。 「いや、これはなかなか豪勢な食事ですね……文字通り喉から手が出そうです」 「まったくだ。こっそりつまみぐいをしたくなっちまいそうだな」 「ダメですよ、二人とも。これは麗奈さんがカイザーのために作ったものなんですから」 自分の耳元でゴクリと唾を飲み込んだ二体の装甲神をやんわり嗜める沙希。 「そうそう。麗奈さん、カイザーさんにわざわざ予告までされる気合いの入れようですものね。今日は御馳走だって」 「りょ、涼子先輩…………み、見てたんですか!?」 ふふふ……と悪戯っぽい笑みを浮かべてが涼子がポンと麗奈の肩をポンと軽く叩いた時、彼女の顔は林檎のように真っ赤になっていた。 集合時間の少し前。麗奈はカイザーを見舞うために龍王窟を訪れていた。 「傷の具合はどう、カイザー?」 「心配をかけてすまないな、麗奈。 完全に治るまでにはまだ少し時間がかかりそうだが、私は大丈夫だ」 己の戦巫女に余計な心配をかけまいと平静を装っていたが、傷が痛むのか赤き装甲神は時折唇を少し歪ませる。 その様子と若干のためらいから、少し間を置いてから彼女は思い切って切り出した。 「あのね……今日は体力をつけてもらおうと思って、夕方に御馳走作ってくるから」 「御馳走? 私のためにか?」 「そう。だから、期待して待っててね。わたし、頑張るから」 「そうか…………了解、麗奈」 はにかみながら紡がれた少女の言葉に対し、ふっと口元に優しい微笑みのようなものを浮かべるカイザー。 (もう……「了解」だなんて、相変わらず生真面目なんだから)。 涼子の『冷やかし』をきっかけにして麗奈はその時のカイザーの表情を思い出して、ちょっと高まる気持ちを抑えきれずに思わず顔をほころばせてしまっていた。 その時、そんな彼女を現実に引き戻させるように、電話が忙しなく鳴った。 「はい、御国守です」 「すまないが、すぐに東和銀行のある地区まで来てくれないか? 妖魔と思われる怪物が暴れてるんだ」 電話の声の主は詩織だった。麗奈が「妖魔が!?」と少し大きな声で返答したので、沙希も恵梨もはっとした表情になる。 東和銀行はここからかなり近い。 「よし! さっさとかたづけたちゃおうよ、麗奈ちゃん」 「そうですー! 早く帰ってきて、カイザーに麗奈さんの手料理食べてもらうですー!」 二人の気合いの入った声に、麗奈は涼子と顔を見合わせて無言で大きく頷き返した。 だが皆の意気込みとは裏腹に、妖魔退治には思いのほか手間取ってしまった。 「まさか倒したと思ったら、いきなり巨大化するんだもんな……」 「まるで戦隊モノみたいですよねー。形もマグマン大使みたいだったし」 「とにかく、一件落着で何よりですわ」 思い思いの言葉を口にして、御国守家へと戻ってきた一行。周りはすっかり夜の帳がおりてしまっており、夕方という時刻は既に過ぎてしまっていた。 「お料理冷めちゃったから、温めなおして……」 やはり心が逸っているのか、帰り道もかなりの早足で歩き常に先頭をキープしていた麗奈がダイニングのドアを開けた途端、まるでドアに液体窒素でもしかけられていたかのように動作も表情もすっかり凍りついてしまった。 あろうことか、彼女たちの前には『温めなおす』では到底済まない惨状が広がっていた。 テーブルがものの見事にひっくり返っており、当然ながらその上で大事に置かれていた料理の数々も無残に床に叩きつけられ散らばっている。 そればかりか、『おかわり』に備えて少し多い目にキープしておいたものまでが、システムキッチンの上から放り出されてしまっていたのだ。 「そうか……妖魔が巨大化して暴れたから、その振動で…………」 原因を察する事が出来たとしても。文字通り覆水盆に返らず、だ。 まるで感情のこもっていない小さな声でそう囁くと、麗奈は全身の力が抜けてしまったようによろよろとその場に座り込んだ。 「れ、麗奈ちゃん……もう一回、作り直そうよ。今度は仕込みとかも手伝うから。ねっ?」 「そうですよ。この時間なら、まだ開いているスーパーだってあるし」 恵梨と沙希の言葉がちゃんと聞こえていないのか、彼女はしばらく茫然とダイニングの有様を見つめていたが、不意に柔らかな微笑を浮かべて恵梨たちの方を見遣ると、穏やかな仕草でゆっくり頭を振った。 「ありがとう……でも皆、妖魔との戦いで疲れているだろうから、その気持ちだけ頂いておきます。それに、今ふと思ったんです」 彼女はそこで視線をすっかりダメになってしまった料理の方に向けた。 「無理に背伸びしなくても、良かったのかなって…………」 自分の気配を察したのか、カイザーが「麗奈?」と自分の名を呼んだ。 「ごめんね、遅くなっちゃって」 洞窟の中少し暗いので、足元に気をつけながら麗奈はそぞろ歩きのような足取りで横たわる装甲神の元へと近づいていく。 彼女はエプロン姿のままで、その両手で少し大きめの瀬戸物の和食器を大事そうに抱えている。ラップで覆われた食器からは、温かそうな湯気が立っている。 「いや、妖魔の気配を感じていたので心配していたんだ。無事でよかった」 開口一番、本当にホッとした声でカイザーがそう言ってくれた事を嬉しく思う一方で、自分の事を案じてくれているのに自分自身は『約束』をちゃんと果せなかった事に、彼女は胸が少し痛くなった。 「結局、あんまり大したものが作れなくて……肉じゃがだけになっちゃった」 |
![]() |
|
申し訳なさそうな声のまま彼女はラップを取り、作ってきたばかりの肉じゃがを赤き装甲神の顔の方へと差し出す。 |