「ここは……」
 壁を抜けた先で新たな玄室に辿りついた烈風神は、着地し周囲を見回した。
 室内の造りは、先に入ったものとほとんど変わらない。ただ一つ違うのは……。
「……来たのね」
 正面の壁際に、半透明の薄物を纏った無表情な少女がいる事だった。
 彼女もまた“操り師”や“影渡り”と同じく、空中に浮いている。ただの人間でない事は明らかだ。
 烈風神の中から、佐倉綾は問いかけた。
「あなたは……」
「……私はこの“破壊するもの”の核。力の源」
「――!」
 綾は緊張に全身が強張るのを感じた。烈風神からも同様の気配が伝わってくる。だが綾と違い、烈風神にはまだ軽口を叩く余裕が残っていた。
――フン、最近は“異形”どもの間では、人間の姿をするのが流行りのようだな――
「……そう、仲間の造ってくれたこの器で、私は今まで以上の力を使える。こんな事も……できる」
 少女は無造作に手を振った。しかし、たったそれだけの動作で、圧倒的な衝撃波が烈風神に押し寄せる。
――グゥッ!?――
「きゃあっ!?」
 烈風神は弾き飛ばされ、閉じたばかりの背後の壁に叩きつけられた。
――ガッ!――
 綾の周囲が揺れる。
――おのれ……!――
 壁に後ろ手を付き、烈風神は立ち上がった。そんな彼女を少女は淡々と見下ろす。
「私の邪魔はさせない……。だから……」
 少女の呟きに応じて、天井に大きな穴が開く。
――なっ!――
「ええ!?」
 綾と烈風神は同時に驚きの声を上げた。穴からゆっくりと降りてきたのは……。
――聖海姫!――
「どっ、どうしてっ!?」
 優美な曲線で構成されたその金属製の姿を、綾も烈風神に映像で見せてもらった事があった。
――烈風神……綾さん……――
 聖海姫から思念が伝わってくる。
――死んで……ください……――
 思いがけない言葉に、綾は硬直した。
――聖海姫! どうしたのだ!――
――…………――
 烈風神の呼びかけは完全に無視された。もはや何も言わず、聖海姫は手にしていた杖を構えて、間合いを詰めてくる。
 ガキィィィン!
 杖と、烈風神の咄嗟に突き出した飛天槍がぶつかり合い、硬い音を立てた。
――操られているのか!?――
 やはり答えはない。
 代わりに杖の先端から、青い光が放たれた。
 光には熱も重みもない。しかし内にある霊力が、烈風神の装甲をジワジワと溶かしていく。
――くっ!――
 烈風神は壁で自分の背中を支えながら、聖海姫を蹴り飛ばした。
――っ!――
 苦痛の思念と共に聖海姫が後ずさり、光も止まる。
 だが、すぐに聖海姫は体勢を立て直し、再び杖を振りかぶった。
「どうすれば……どうすれば……!」
 焦りが綾の中で渦巻く。
 聖海姫がいる限り“破壊するもの”は止められず、篠崎広哉も救えない。しかし、聖海姫を見殺しにする事は、絶対できない。
“破壊するもの”の力の解放……すなわち日本の壊滅は、刻一刻と迫っていた。



NEXT