それは一言で表すならば、巨大な心臓であった。
 直径は一キロか、それ以上あるかもしれない。今は三陸海岸沖に浮かび、静かに脈動しているが……。
「遂に最強と言われる“異形”の指導者が現れたか」
 モニターに映し出されるその姿を見て、兵藤極東指令は唸るような声を出す。
 現在、IDM地下基地の作戦室には、昏睡状態の綾を除く“異形”対策の関係者が、全員集合していた。
「指令」
 長瀬雅が一歩前へ出る。
「こうなった以上、一刻も早く、大炎帝と攻撃部隊を送り込むべきです」
 しかしその提案には、兵藤極東指令の傍らに立つ黒木副指令が難色を示した。
「長瀬博士……それは早急すぎるのではないかね。幸いまだ敵に動く気配はない。ここは冷静に敵の戦力を分析するべきだろう」
「それでは間に合いません」
 雅の口調は強い。
「我々が大炎帝や烈風神から得た情報によれば、“破壊するもの”が本当に破壊するのは物質的なものではありません。あの怪物が本当に恐ろしいのは……」
 しかし彼女の言葉は、モニターを観測していたオペレーターの悲鳴によって遮られた。
「も、目標の内部で大規模なエネルギー反応があります! これは……!」
 直後、モニターが真っ白な光に包まれる。“破壊するもの”が強烈な霊波を放出したのだ。さらに光はモニターからあふれ出し、作戦室にいた全員の視界を灼いた。
「何だっ!? 何が起こった!?」
 目を押さえ、黒木副指令が怒鳴る。
 だが、すぐに答えられる者などいるはずもない。
 徐々に視力を取り戻した一同の目は、モニターに集中した。だが、霞む視界に入ったのは、それまでと変わらない“破壊するもの”の姿だ。下の海も変わる事無く静かに波を立てている。
「今の……何だったんだ?」
 誰かが呆然と呟く。その直後。
「指令! 基地を囲む結界が……完全に消滅しています!」
 再び上がったオペレーターの声が、場の空気を強張らせた。
「ヤツめ! この基地を直接狙ってきたというのか!?」
「……いえ、今の攻撃は、基地だけを狙ったものではないと思われます。恐らく日本全土の霊的拠点を対象としたものでしょう」
 狼狽する黒木副指令と対照的に、雅は冷静さを失わない。
「どういう意味だね?」
 兵藤極東指令もまた、落ち着きを保っていた。そんな彼からの問いに、雅は答える。
「かつてこの国の先人達は、地相等を利用する事で、神社仏閣を邪悪なものに対する結界としてきました。その効果が今の一度の攻撃で完全に消滅したのです。」
「つまり、今後“操り師”の使うような術が全国規模で仕掛けられても、人々を護る壁はなくなっているという事か」
「そうです。そして“破壊するもの”の名は、あれが人の心を“破壊”する事からくるのです。次にあれが力を蓄え、放出した時、人々は理性を失い、衝動のままに暴れるだけの存在と化すでしょう」
「それは……すでに人ではないな」
「はい」
「敵が力を溜め終えるまでにどれぐらいの時間が必要だ」
「早ければ、一時間」
 ……そこにいた全員の目が、兵藤極東指令に向けられた。次の命令を待つためだ。
 兵藤極東指令はオペレーターに尋ねた。
「すぐに出せる機体はどれだけある?」
「ソリッドウィングが五機、それに大炎帝です。ソリッドウィングは第二滑走路から出せます」
「よし」
兵藤極東指令は力強く頷いた。
「その全機を発進させる。何としても“破壊するもの”を倒すのだ!」



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