「う……おのれ……」
 時空の狭間に作られた結界の中で、人の姿に戻った鬼王は怨嗟の唸りを上げた。
 右肩の骨が砕け、肉も大きく千切れている。常人であれば、気を失うどころか、発狂してもおかしくない激痛だ。にも拘らず、彼は赤い石を血まみれの手に握り締めて放さなかった。
「奴ら……許さぬ……」
「まあ、落ち着いてくださいよ」
 鬼王の憎悪など気にも留めぬ、軽い口調が響いた。
「ぬ……」
 鬼王が顔を上げると、どうやって近づいたのか“操り師”が目の前に立っていた。
「さあ鬼王さん、あの少年を閉じ込めた石を渡してください」
 彼はヒョイと手を差し出した。
 しかし鬼王は答える。
「やらぬ……」
「え?」
「やらぬと言ったのだ。これがあれば奴らと再戦できる。次こそ、必ず……」
「無駄ですよ。あなたでは何度戦っても勝てません」
「何だと!」
 思わず鬼王は“操り師”に掴みかかろうとし、だが肩の痛みに膝を屈した。
“操り師”はため息を吐いてみせた。
「分からない人ですね。かえして、ください」
 すると……。
「なっ!?」
 鬼王の右手が動き出した。肩の激痛は一気に跳ね上がる。
「あがっ……あごぉぉぉぉっ!」
 鬼王の口から獣じみた絶叫が迸った。
 それなのに腕は止まらない。言われたままに“操り師”に石を差し出す。
「ありがとうございます」
“操り師”は無造作に石を取り上げた。
「あなたが戦う時、この石を邪魔にならないよう体内へ取り込むのは予想していましたからね、そこから私の魔力があなたの全身に行き渡るように、ちょっと細工をしておいたんです」
「き、貴様……最初から俺を利用するだけのつもりで……」
「いやですねぇ。そんな目で見ないでくださいよ。あなただって似たような事を考えていたんでしょう?」
“操り師”は肩をすくめる。
「でも……そろそろ死んでください」
 それに鬼王の肉体は逆らえない。
 今度は左腕が上がった。心臓のある場所にそっと添えられる。
「まっ、待て! やめろっ!」
 そう口走った次の瞬間、同じ男の手からは、心臓に向けてゼロ距離の衝撃波が放たれていた。
「ご…………」
 焦る表情を固めたまま、糸の切れた操り人形のように鬼王は倒れた。
 彼は……即死していた。



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