「今日で五日目だ。そろそろ学校にも出たくなってきたんじゃないか?」
 天丼の乗ったトレイをテーブルに置きながら、小早川巧は正面の席についた篠崎広哉に話しかけた。
 巧と広哉、それに綾がいるのは、IDM地下設備の食堂である。休憩所と並び、必要であるが、周囲からは浮いた空間と言えるだろう。ちなみに広哉が注文したのはハンバーグセット、広哉と並んで座る綾が注文したのは、醤油ラーメンであった。
 霊力測定には一週間を使う事になっているから、残りは今日を含めて三日。期間中、屋敷と基地を往復して襲撃される危険を減らすため、広哉と綾は基地で寝泊りをしているし、学校も病気と届け出て休んでいる。
 基地の物珍しさを考えに入れたとしても、遊びたい盛りの少年としては、退屈になる頃合だろう。
 だが、広哉は答えた。
「ううん、大丈夫。それに僕はみんなの力になりたいから」
「そっか」
 資産家の長男でありながら、広哉は「お坊ちゃん」らしくない。確かに人が良過ぎる点では「お坊ちゃん」らしいとも言えるのだが、我侭さとは無縁なのだ。むしろ必要以上に他人に気を遣う。
「けど、測定が終わっても、結果が出るのはもっと後なんだ。もちっと肩の力を抜いててもいいんじゃないか」
「うん」
 巧に言われて、広哉は頷いた。が、そう簡単にリラックスできるわけもない。声や仕草がどこか硬い。
(……俺達も頑張らなきゃな)
 巧は内心で一人ごちた。どんなに言葉を取り繕おうとも、自分達が民間人を巻き込み、力を借りている現状はごまかしようがない。ならば、彼らの負担を少しでも軽くするのは自分達の最低限の義務だ。
 まあ、とりあえずは食事である。だが、かき揚げを口に運ぼうとした所で、手首につけた通信機のアラームが鳴った。
「ん?」
 箸と丼を降ろし、通信機のスイッチを入れる。
『小早川さん、食事中にすみません』
 あまりすまなそうではない、冷静な声が聞こえてきた。長瀬雅だ。
「どうした?」
『すぐに作戦室へ来てください。篠崎さんの護衛と案内役は、他の人を送ります』
 つまり、今日は別の任務に就けということだ。急な話であり、それだけに重要な件なのだろう。
「分かった。すぐに行くよ」
 ここの天丼は値段の割りにうまいのだ。名残惜しさを覚えつつ、巧は立ち上がった。
「やれやれ、のんびり食事もできやしない」
 そう言って、巧は綾と広哉に苦笑したのだった。



NEXT