「ご気分はいかがですか?」
「いいわけないでしょ」
 牧師服を着る青年の問いに"影渡り"は憮然として答えた。
 轟地将に乗り、烈風神と戦ってから三日。ようやく広哉の力も抜け、体調も戻った。だが、彼女の機嫌は悪いままである。
「あの子供は危険過ぎるわよ。さっさと殺さないと」
 しかしその言葉に、青年はゆっくり首を横に振ってみせた。
「いえ、こうなった以上、絶対に分析を成功させないといけません」
「何、寝ぼけた事を言ってるのよ!?」
"影渡り"は眉を吊り上げた。
「あんなの生かしとけるわけないじゃない! あなたがやらないなら、あたしがやってやるわ!」
「まあ、落ち付いてください」
 すぐにでも飛び出して行こうとする彼女を、青年は手で制した。
「彼の力が何なのか、私達はどうしても知らなければならないのです。もしかしたら、これからも同じような人間が、どんどん出てくるかもしれない。そんな人達が組織立って動くようになったらどうします?」
「片っ端から殺してやるわ」
「出来ると思いますか?」
「う……やるしかないでしょ」
"影渡り"の声からは勢いが失せていた。たった一人、能力の制御もままならない相手にさえ、自分は倒されるところだったのである。
「無理ですね」
 青年はあっさり言いきった。
「まずはあの子供を手許に置いて、対抗策を探し出す。でなければ、滅びるのは我々ですよ。……今のままではせっかく作った『あれ』も、怖くて使えません」
「だけど、どうやって捕まえるつもりよ? 殺すだけならともかく、あたし達じゃ手加減する余裕なんてないし、他の連中じゃ大き過ぎて目立っちゃう。烈風神か大炎帝が来て終わりよ」
 だが、"影渡り"の反論はすでに予想していたのか、青年はにっこり笑ってみせた。
「いい考えがあるんですよ。あの少年と烈風神の両方に恨みを持っている者をけしかけましょう」
「はあ?」
"影渡り"は相手の意図がまるで分からなかった。言い方が回りくどいのは、この青年の悪いところだ。
「そんな都合のいいヤツ、いるわけないじゃない」
「いえいえ、少年の先祖は烈風神の乗り手でした。そして彼女達が戦った魔族の中には、強過ぎたために成敗されず、封印のみで止まっている者もいます」
「そういう事ね」
 ため息混じりに"影渡り"は頷いた。といっても納得したわけではない。
「うまくいくわけないじゃない。下手なヤツの封印を解いたら、今より状況が悪化するだけよ?」
「大丈夫です」
「根拠は?」
「私は"操り師"です。相手を思い通りに動かすのが、私ですよ」
 青年は自信ありげだった。「すでにちょうどいい魔族の目星も付けてあります。実行は早い方がいいでしょう。のんびりしていると、IDMが少年の力を自分達のものにしてしまいますからね」
 そこでふと、彼――"操り師"は周囲を見回した。
「……ここも引き払い時かも知れませんね」
"操り師"と"影渡り"を包む暗闇、それは海の底に作られたドーム状の結界なのであった……。



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