第二話

 国際防衛機構、通称IDMの日本支部は、その本拠地を東京都の西部に持つ。
 遠くから見ただけだと、基地は広大な敷地を持つ以外、普通の施設と変わらない。
 だが地下に築かれた設備は地上と一転、人類の持てる技術を結集したSF映画さながらのものとなっている。
 その地下部に常勤する隊員の一人に、小早川巧という青年がいる。
 若干二十歳でありながら、戦車からジャンボジェット機まで、乗りこなせないものはないという操縦のエキスパート。加えて近年研究が盛んなサイキッカーテストにおいても、潜在能力Aクラスを記録している精鋭中の精鋭だ。
 烈風神と"異形"が戦った日の夜、巧は基地の第一ドックを訪れていた。
 何重もの保安システムによって護られたドアの奥へ進み、そこで他のスタッフにテキパキ指示を出していた白衣の少女を呼ぶ。
「よっ、雅」
「ああ……小早川さんですか」
 巧に端正な顔を向けた彼女は長瀬雅――16歳にして、IDM最高の頭脳と評される天才だ。
 ただ、その人並みはずれた知性ゆえか、雅は仕事以外で人を寄せ付けようとしない。
「可愛いのにもったない」というのが巧の意見だが、その発言を当人にして以来、彼は特に冷ややかな視線を雅から投げかけられるようになってしまった。
 もっとも巧の方ではそんな事など気にせず、他の友人に対するのと同じ態度で、彼女に接し続けているのだが。
「例のもの、持ってきてくれましたか?」
「もちろん」
 巧は上着のポケットから、一枚のCD―ROMを出した。
「くっきり見やすい映像、推測されるスペックその他もろもろ。半日かけて解析した鷹型ロボットのデータが、まとめて入ってるぜ」
「では、それを"彼"に見せて、確認を取ってください」
「りょーかい」
 巧は目線を上げた。
 その先には現在ドックで整備中のもの――全長10メートル以上はあるかと思われる巨大な戦車がある。
 今の巧の位置からは側面しか見えないが、戦車の全体像はすでに頭に入っていた。
 既存のものとはまるで違う変わったデザインだが、特に目立つのは、上部に填め込まれた赤い宝石と、前部に取り付けられた二本のドリルだろう。
 巧は戦車脇まで行くと、設置されたリフトを使って上へ昇り、そこから張られた鉄製の通路をコクピットハッチの前まで進んだ。
 ロックを解除して、シートへと滑りこむ。
 彼が操作をするまでもなく、コンピュータが起動し、コクピット内に明かりが点った。
――おはよう、巧――
 真面目そうな青年の声がスピーカーから響く。
「よっ」
 巧は挨拶を返しつつ、正面右側のトレーを開いて、そこにCDをセットした。
「今日"異形"と戦ったロボットの情報を持ってきたぜ。とにかく見てくれよ」
――了解――
 CDの読みこまれる微かな音がトレーから起こる。
 そして数秒後、声ははっきりと告げた。
――間違いない。これは烈風神だ――
「そうか。お仲間は元気だったってわけだ。良かったな」
――ああ、ありがとう――
「じゃあ早速、その烈風神に連絡を付けてくれよ」
――……いや。残念だが、それはできない――
「あ? お前さん、テレパシーが使えるじゃないか。それでビビッとさ」
――いや、私は伝達系の能力が苦手なんだ。それに先の戦いで身体を失い、ずっと地下で仮死状態だったため、現在烈風神がどこにいるかも分らない。この建物には特殊な防護壁が張られているから、感知能力に長けた烈風神の方でも私を見つける事はできないだろう――
 その説明に、巧は「やれやれ」と頭を掻いた。
 だが、すぐニカッと笑って見せる。
「ま、あちらさんも"異形"と戦ってるんだ。俺達が出撃するようになれば、そのうち会えるだろ。な、大炎帝」
――そうだね――
 大炎帝、それが戦車の頭脳の名であった。



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