1

「ワープアウト、完了しますっ」

 リオーネが鋭く叫んだ直後、アースフォートレスを激しい振動が襲った。

「うわっと!?」「きゃっ!?」

 セイジのいる世界へ出た時と比べればおとなしいものだが、それも比較の問題。激しい揺れにブリッジ内の全員が大きくよろける。

 何とか踏みとどまった秋沢雫は、隣から倒れ込んできた空山ほのかの小柄な身体を咄嗟に抱きとめた。

「つっ」

「あっ、しーちゃん!?」

「大丈夫か?」

「う、うん。ボクは平気だよ……」

 大きな揺れは一回のみで収まっていた。だから自然と意識は目の前に向く。

 普段は友人のように接している二人だが、それでも大切な相手が目の前に、それどころか腕の中にいれば、鼓動が早くなってしまうのは当然だろう。

「あ……」

「え、えっと。ボクは大丈夫だから……その……」

 はにかむように目をそらすほのかに、

「そ、そうだなっ!」

 慌てて雫は手を広げた。

 そこへアースフォートレスの叫び声が割り込んでくる。

「お前ら、いちゃついてる場合じゃねえっての!」

「だ、誰もいちゃついてなんかねえ!?」

 照れ隠しに怒鳴り返した雫は、顔を上げた拍子に、双子の兄である飛鳥とリオーネが自分達と同じようにパッと距離を置くのを見てしまったのだが……確かに状況はアースフォートレスの言うとおりであった。

 自分達が来たのは、どこかのコンビナート上空らしい。正面のモニターに幾つもの丸いガスタンクが映し出されており、正面彼方には日光を受けて白く輝く海面も見える。

 そして……十時の方向にはラジュラの乗るティオルードの姿も。別の場所に転移したのか、それともすでにこの場を離れた後なのか、ドーラスや彼らの配下はいないようだ。

 そのティオルードが魔剣クライシスを振り上げた。

「やばいっ!?」

 誰かが叫ぶ。

 次の瞬間、振り下ろされた刀身から衝撃波が走り、アースフォートレスを襲った。

「うぐっ!? 野郎!」問答無用のやり方に、アースフォートレスが激昂する。

 今にも攻撃を始めそうな勢いの彼に対して、リオーネが静止の言葉を飛ばした。

「いけませんっ! 攻撃が逸れればガスタンクに当たります!」

「場所が場所だ。ここは素早く動ける数体で迎え撃とう」

 飛鳥の提案に、

「じゃあ僕が行く!」「私も!」海白星王と雪姫が名乗りを挙げた。

「分かった。俺も一緒に出よう。後のみんなはアースフォートレスのガードを頼む」

「分かった、任せろ!」

 幼い双子を伴い駆け出す兄に、雫は力強く頷いたのであった。

 

 

     2

「ラジュラは流れ弾がガスタンクに当たる事など気にしないはずだ。俺達はタンクに近付かず、できるだけ遠くへおびき出すんだ」

「うんっ」「分かった!」

 シャインサイザーから出された飛鳥の指示に、ツインクルジュとアメジストアセスの中で、星王と雪姫が答える。三者はそのまま散開し、ティオルードの周囲を飛び回るようにしながら、各々の武器で攻撃を仕掛けた。

 だが、ティオルードを引き付けるのは想像以上に難しかった。何しろ軽い攻撃だと、相手は当たってもびくともしない。といって強い一撃を放てば、外れた時が大惨事になる。しかも、敵は魔剣からの衝撃波で、その場から全く移動する事なく反撃してくるのだ。

「きゃあっ!?」

 衝撃波を避けそこねた雪姫の悲鳴に、星王は焦る。

「このっ!」敵の注意を自分に向けようと、ライトライフルの引き金を引いた。

 銃口から迸る光線は、真っ直ぐにティオルードの右肩を捕らえ、ティオルードの眼光はすぐにツインクルジュへと向けられる。

 大きくなぎ払われる魔剣クライシス。星王はかわそうとして、はっと気付く。

 自分が動けば、後ろのガスタンクに当たる!

「うわあああっ!?」

 ガスタンクの盾となったツインクルジュは衝撃波の直撃を受け、星王も一瞬意識が遠のいた。

 

     3

「あいつら、このままじゃまずいぞっ!」

 セイジが叫ぶ。

 雫ももう黙って見ているのは限界だった。

「くそっ! 俺達も行こう!」「ああっ!」

 頷き返したセイジと共に、ブリッジを飛び出そうとする。

 それをリオーネが止めた。

「待ってください! 何かが……ワープアウトしてきます!」

「何だって!」

 ピンチの今、これ以上何が出てくるというのか。

「来ます!」

 リオーネが叫んだ直後、空の一部が陽炎のようにぐにゃりと揺れた。

 そして。

「と、鳥……!?」

 出現したのは、全身が緑に輝く鷹そっくりの大型ロボットであった。

 

     4

「新手か!?」

 飛鳥の身を緊張が走り、手にも汗が滲んだ。

 だが、違った。鷹型ロボットはすっとシャインサイザーの横を飛び抜けると、そのままティオルードに突進したのである。

 それを迎え撃つように魔剣クライシスが振るわれる。衝撃波を鷹型ロボットは横に身を逸らして避けた。

――そなたら、どうやら味方のようだな!――

 鷹型ロボットのパイロットが発したものだろうか。若い女性の声が辺りに響いた。

「何だって!?」

――周囲に被害を与えないその戦い方を見れば分かる。奴を海へ飛ばす。三つ数える間だけ、時間を稼いでくれ!――

「……!」迷っている暇はない。飛鳥は即決した。

「分かった! 星王君っ、雪姫ちゃん!」

「う、うんっ」「がんばるっ」

 飛鳥の号令と共に、シャインサイザー、ツインクルジュ、アメジストアセスが三方向からティオルードを囲み、間合いを詰める。

 それで一秒。

「小ざかしい!」

 ティオルードの斬撃をシャインサイザーが上昇して避ける。

 二秒。

「雪姫!」「うんっ、お兄ちゃん!」

 アメジストアセスのアメジストボウガンがラジュラの注意を逸らし、ツインクルジュのクリスタルブレードがティオル−ドの体勢を崩す。

 これで三秒――!

 刹那、鷹型ロボットの嘴が開き、球状のエナジーが吐き出された。

 エナジーはまっすぐにティオルードの胸板へ迫る。

「なっ!?」

 それまで冷静だったラジュラが初めて驚きの声を上げた。エナジー球が一気に膨れ上がり、彼の全身を包み込んだのだ。そのままティオルードの巨体を凄まじいスピードで海へ向かって運んでいく――。

――追うぞ!――

 鷹型ロボットはそう叫ぶなり、飛鳥達の返事も待たずに加速した。

「な、何なの、あのロボット……」

 呆然と星王が呟く。飛鳥にも分かるはずはない。だが――

「だが、これはチャンスだ。周囲に被害の出ない海上で一気にティオルードを叩こう!」

「うんっ!」

 それは星王と雪姫にも分かった。鷹型ロボットの後を追い、三体の勇者もまた、海へと飛んだ。

 

     5

「おおおおっ!」

 ラジュラが力を解放し、球状の戒めを内から破裂させる。だが、すでに場所は海の上空だ。鷹型ロボットもすぐ後ろに追いついてきている。

「おのれっ!」

 ティオルードが剣を構える。その正面で鷹型ロボットは瞬時に人型のロボットへと変形する。

――烈・風・神!――

 その身長はおよそ20mほどだろう。その胸ではエメラルドにも似たが宝石が燦然と輝いている。

「烈風神だと? ふん、この世界の『勇者』か?」

――勇者などと言う大層なものかは知らぬがな、お主のような輩に好き勝手はさせぬ!――

 ラジュラの問いかけを一蹴して、烈風神と名乗るロボットは腰の後ろから槍を引き抜いた。

 そこにシャインサイザー達も到着する。

 四対一。

 僅かにティオルードが後退した。

「……ふん。どうやらこの場は我の方が不利なようだな。ならば、一旦退くとしよう」

 淡々と呟いたラジュラは、クライシスを海面に叩き付けた。その衝撃が、数十メートルにも及ぶ高さの水柱を呼ぶ。

「うわっ!?」

 塞がれる飛鳥達の視界。その一瞬を利用して、ティオルードははるか彼方へ姿を消していた。

「逃げた……んだよね?」

「……ふう」

 雪姫は呆然と呟き、飛鳥は大きく息を吐く。完全にとはいかないが、ラジュラを撃退するのには成功した。

 そこへリオーネの声が送られてくる。

「飛鳥さん!? 今の水柱は……!?」

「大丈夫だ。何とか片付いたよ」

「そ、そうですか」

 リオーネのほっした気配が感じられた。

「それでさっきのロボットは……きゃあっ!?」

「リオーネ!? くっ……」

 油断しすぎていた――!

 突然悲鳴に変わった少女の声に、飛鳥は唇を噛んだ。

 僅かに烈風神の方を意識するが、すぐに敵ではないと判断する。

「星王君、雪姫ちゃん、急ごう! アースフォートレスに何かあったようだ!」

 

     6

 全速力で戻った飛鳥達が目にしたのは、アースフォートレスの甲板部に立ち、リオーネ達がいるブリッジに大型ランチャーの銃口を突きつけるロボットの姿であった。

 身長はほぼ烈風神と同じぐらいだったが、印象は大分異なる。烈風神が彫像を思わせる優美な流線型をしているのに対して、そのロボットの全身は、明らかに人の手になる機械で構成されていたのだ。ただ一箇所、ロボットの胸には赤い宝石がはめ込まれており、それがどういうわけか、色こそ違うものの烈風神と似通っていた。

「動くなよ」

 そのロボットが――というより恐らくはパイロットが声を発した。若い男性の声だった。

「くっ……」

 飛鳥は唇を噛んだ。確かに自分達が動くより、そして雫達が飛び出してくるよりも先に、そのロボットはブリッジを撃ち抜けるだろう。

「ずるい手段だとは俺も思うよ。けど、正体不明の相手にはこれぐらいの用心はしておかないとな」

 どこか軽い口調で謎のロボットは言う。

「それで……俺達を」

 どうするつもりなんだ?

 飛鳥がそう聞こうとした時、思いがけず烈風神が飛び出してきた。

「小早川さん! ここにいるのは悪い人達じゃないです! だって、周りを傷つけないように戦ってたんですよっ!?」

 そう叫ぶ声は、さきほどの凛としたものとはまるで違う。むしろ小早川なる人物――あのロボットのパイロットだろうか?――へ必死に訴えているようである。

 誰が止めに入るよりも早く、烈風神はアースフォートレスの甲板へふわりと着地した。

 その胸の宝石が煌き、光球が浮かび上がった。といっても、先ほどティオルードに使われたものと違い、優しく淡い明るさを帯びた光球だ。それは硬い床面へと降りるや、シャボン玉が弾けるように消滅した。

「え?」

 光球の内から現れた姿に、さすがの飛鳥も目を丸くした。他の仲間達も皆、同じだっただろう。

 烈風神から降り立ったのは……黒髪をポニーテールにしたメイド姿の少女だったのである。

 

     7

「……なるほど。大体の事情は飲み込めました」

 アースフォートレスに乗っていた少年少女達全員と、お互い椅子に座ってテーブルを挟む形で、長瀬雅と名乗る端正かつ硬質な顔立ちの少女が頷いた。

「つまり、あなた方は異世界から来た、というわけですね」

 結局コンビナートで出会った後、アースフォートレスの面々は烈風神ともう一体のロボット――大炎帝という名なのだそうだ――の先導で、IDMという組織の基地へと通された。ちなみにここはその会議室らしき部屋である。

 移動中に大炎帝のパイロットから聞かされた話によれば、IDMの正式名称は国際防衛機構。世界的な規模を持つのだという。確かに基地の規模はそれなりのものだ。しかし雫達はそんな組織など全く知らない。つまり、この世界は形こそ似ているものの、雫達の住んでいた場所とは異なる事になる。

「僕達のいう事、信じてくれるの?」

 あっさり納得した様子の雅に、かえってほのかの方が首を傾げる。

「こういう時って、大体信じてもらえないものなんだけどなぁ」

「他の世界では信じてもらえなかったのですか?」

「ううん、そうじゃないけど……でも、僕の好きなヒーローものだと、大体は怪しまれて色々聞かれちゃうのがパターンだから」

「お望みなら、拷問してもいいのですが……」

 途端にほのかの顔が引きつった。

「い、いいっ! 遠慮しとくっ」

「……冗談です」

 答える雅は眉一つ動かさない。

「私達はすでにある程度異世界の存在も確認しています。それにあなた方の乗っていたロボットはどれも、この世界のテクノロジーとは別種のもののようですから」

「そ、そっか……。あ、でもロボットじゃないよっ! ちゃんと心を持った仲間なんだから!」

「そう、ですか」

 ほのかの主張に、ふっと少しだけ、雅の表情が和らいだようであった。

「彼らも、大炎帝や烈風神と同じようなタイプなのかもしれませんね」

 その時ドアを開き、どこか皮肉っぽい雰囲気の青年と、さきほどのメイドの少女が入ってきた。

「あ、あのっ、さっきはすみませんでしたっ」

 そう言って開口一番、メイドの少女が大きくお辞儀する。その脇で、青年も一歩踏み出して頭を下げた。

「佐倉よりも、まず俺が謝らないとな。手荒な真似をしてすまなかった」

 その声に、雫とセイジがいきり立つ。

「お前っ、さっき俺達に銃を向けた――!」

 そのまま詰め寄ろうとする二人を、飛鳥が片手で押しとめた。そしてリオーネが代表して言う。

「いえ、あの状況ではああするのが適切だったでしょう」

「ありがとう。そう言ってもらえると助かるわ。……俺は小早川巧」

「私は佐倉綾といいます」

 青年とメイドが続けて名乗った。

 それに応えて、アースフォートレスの面々も自己紹介をしていく。

 全員がお互いの名を知ったところで、雅が聞いてきた。

「……それで、あなた方はこの世界でこれからどうするのですか?」

「それは……」アースフォートレスのメンバーはお互いに顔を見合わせる。だが、すでに全員の心は決まっている。

『あの正体不明の敵を追う』

「……分かりました。では、しばらく滞在する場所も必要でしょう。この基地内にあなた方の部屋も用意します。敵が現れた時には、その情報を提供もしましょう」

「いいの!?」

「はい。正直に言うと、この世界は今“異形”と呼ばれる怪物の脅威にもさらされています。新たな脅威と戦うのに、あなた方の力はとてもありがたいのです」

 そう言って雅は椅子から立ち上がり、右手を差し出して、こう言った。

「ようこそ。IDM基地へ。そしてこの世界へ。私達はあなた方を歓迎します」

 

 

【INDEX】