翌々日の正午。

休日の繁華街を一望できるパーキングタワーの屋上で、リゲートルは忌々しげに眼下の人間たちを見下ろしていた。

 

「まったく、歩いてるだけで癪に障る奴らシャァ。サッサと封印を解いてこの目障りな人間どもを――ウン? あれは・・・」

 

リゲートルの視界に、買い物途中のエルと渚の姿が映りこむ。

 

「あいつはあの時の勇者と一緒に居た小娘シャァ。・・・面白いシャァ、あの小娘を使って勇者たちを誘き寄せ、一気に始末してやるシャァ!」

 

リゲートルは二人が入っていった大きなショッピングセンターの屋上まで来ると、手にした無数の種子を辺りにばら撒く。

種子はリゲートルが指を鳴らすと共に急激に成長を始め、やがて人に近い形をした怪物と化した。

 

「行くシャァ、プランティ!」

 

プランティと呼ばれた怪植物たちは号令一過、次々と地面に溶け込んでいった。

 

 

「頼まれたものは、これで全部ですか?」

 

買い物カゴを持った渚は、同じくカゴを二つ持ったエルに聞いた。

 

「んーっと、うん。これで全部。それじゃ帰ろうか」

 

カゴの中身と、拳路から渡された買出しのメモを照らし合わせたエルがレジへと足を向ける。

と、その時。エルの背筋にピリピリとした痺れが走る。それは常人よりも第六感に優れたエルが、危機を察知した際に起こる現象だった。

 

「・・・」

「エルさん?」

『待つんだ、渚』

 

不意に聞こえた声は、エルが腰から提げていた透明なキューブ(立方体)からだった。

 

「え?」

『俺はアームズ。姫をパートナーにしてる次元勇者だ」

 

姫、とはアームズがエルを呼ぶときの名だ。元々平行世界の部族長の娘だったエルは、その名残でアームズからは「姫」と呼ばれている。

 

『どうやら、何かヤバイのが近付いてるみたいだ。姫から離れないで、ジッとしてた方がいい』

 

そうしている間にもエルは動きを止め、全感覚を総動員して周囲に気を配る。

痺れは徐々に強くなり、またその「危機」の来る方向も徐々にはっきりとしてくる。少しづつ意識がはっきりしていく中、その耳にズルズルと何かが這いずる音が聞こえた。場所は――

 

「上?!」

 

天井を見上げた瞬間に排気口が次々と吹き飛び、中から異形の怪植物――プランティが落下してきた。

プランティはエルと渚の姿を確認すると、緩慢な動作で迫ってきた。

 

「エルさん・・・」

「大丈夫、私だって拳路や雪奈と同じ、勇者なんだから!」

 

怯える渚を庇うようにしてプランティの前に立ちはだかるエルは、腰にぶらさげたキューブを外すと、頭上に翳した。

 

「鎧装!」

 

直後、キューブから放たれた眩い光がエルの身体を包み込み、瞬時にその全身に強固な濃紺の鎧――Dクロスが装着された。

Dクロスは次元勇者の敵である邪鋼帝国の尖兵・邪鋼兵との戦闘と、生命維持を目的とした強化外骨格の通称だ。

 

『スローイングブレイド!』

 

エルが意識を集中すると同時に、バックパックに内蔵された流体金属から作り出された鋭い投刀が両腕に握られる。

 

『さあ、行くよっ!』

 

 

 

その頃、そんな大事件が起こっているとは露知らない拳路と聖牙はGEO日本支部・通称マリンベースで会議の真っ最中だった。議題は、T−セイガーの操縦機構についてだ。

本来、聖牙は共にこちらの世界へと飛ばされてきたEMMTの戦艦「比叡」に設置されたトレースルームでセイガーと同調する事によってより戦闘活動を行っている。一応は聖牙の持つ犬笛でも制御はできるのだが、やはり遠隔操作では効率は著しく低下してしまうのだ。

 

「トレーススーツやヘルメットはこっちにありますから、あとはセイガーとの同調が出来るトレースルームさえどうにかなれば・・・」

「拳路たちと最初に戦ったときには犬笛の操作だったって事だし、完全にリンクできればあの時以上の力が出せるって訳か」

 

三人の対面に座るGEO実働部隊長・斎藤 恭介は腕組みをしながら目の前の図面に目を通した。

図面はセイガーから与えられたデータを基にGEO科学研究部門が起こしたもので、機動部隊用の移動指揮車に簡単な改造を施した物になっている。

 

「解ったよ、できるだけの事はしてみる。セイガーが協力してくれれば、後は大した事はないだろうからな」

「頼むぜ恭介さん。何と言ってもこいつは未来の一佐殿だからな」

「なるほど一佐・・・一佐ァ!?」

 

恭介は仰天した。一佐といえば自分の階級、つまり陸将補のたかだか一つ下。防衛隊なら一個大隊を任される地位だ。自分が二〇代末にして陸将補になっている事を異常と言われているのに、500年後ではこの年端も行かない少年がそれだけの階級を持っていると言うのか。

 

「・・・未来ってなァ、世知辛いな・・・」

「あの、特別な事ですから・・・」

 

慌ててフォローする聖牙。とその時、頭上のスピーカーからけたたましいサイレンが鳴り響いた。

 

「これは・・・」

「邪鋼獣の接近警報!?」

 

だが、状況はそれ以上に面倒な方向へと進んでいた。

 

『グリッド\−Tに極小規模の次元強震発生。同時に未確認機動体、多数出現。デフコン2を発令』

 

グリッド\といえば、エルと渚に買出しを頼んだショッピングセンターが近いはずだ。嫌な予感を感じた拳路がリストコマンダーに向かって叫ぶ。

 

「おいエル、聞こえるか!」

 

だが、リストコマンダーからは無機質なノイズが走るだけで何の反応も返ってこない。

 

「拳路さん・・・!」

「解ってる! 恭介さん、デフコン2から1に移行! 機動部隊とヘリ、廻してくれ!! あと、指揮車の方も大至急で頼むぜ!!」

 

部屋を飛び出す二人。恭介は冷静に手元のインカムに手を伸ばした。

 

 

 


【NEXT】