The Differently Same World

 

「それにしてもやな感じの風だぜ。妙に心が苛立ちやがる。まったく朝っぱらから!」

 勇来拳路は吹き荒れる風の中をいつものようにジョギングしていた。昨晩から突如吹きだした暴風に拳路はフードの紐を強く引っ張った。木々は大きく波打ち、木の葉が舞い飛ぶ。行き交う人々のいない朝の街に拳路の息遣いと木々の合間を抜ける風の音だけが不可思議なメロディを奏でていた。

 しかし異常とも思えるこの風が、次元の壁が崩壊する予兆であることにまだ誰も気付いていなかった。そう、ただ一人を除いては・・・

 ジョギングを終え、いつものように立ち食い蕎麦屋に入ろうとしていた拳路の視線が、ふと林の向こうに吸い込まれた。木々の向こうに誰かいる、薄暗がりでしかも遠いので、はっきりとは見えないが朧げなその輪郭は間違いなく女性のそれであった。彼女は静かに口を開いた。遠すぎて聞こえるはずのない声はしかし、確かに拳路の耳に届いた。いや、心に響いたのかもしれない。

「・・・邪悪なものがこの世界に出現します・・・・お願い、この星を護って・・・」

「あんた一体・・・」

 誰なんだ、と言いかけた拳路の視線の先にはもう彼女の姿はなかった。背筋を悪寒に似た何かが走り、拳路は日課を取りやめ家に方向転換した。

「・・・なぁ、ブリッツ?」

 服を着替えながら机の上に置いた腕時計型端末機、リストコマンダーに拳路は問いかけた。

『なんだ?』

 リストコマンダーから人の声、正確にはロボットだ、がした。

「お前、前に言ったよな『邪鋼帝国は人間の存在するあらゆる次元を狙う。』って。」

『あぁ。それがどうかしたか?』

「・・・てことはだ、俺たちのいる次元のほかにも人間の住んでる次元が他にもあるんだよな?」

『そのとおりだ。過去や未来、歴史の偶然が起こしたパラレルワールド、それに平行世界。エルがいた世界がいい例だ。』

 エル、というのは拳路の自宅に居候している少女のことである。ここ二日ほどは県外に出現した邪鋼獣を倒すために留守にしている。しかしエルはこの地球の人間ではない、次元を超えやってきた亜人である。人間のものではない犬型の耳と尻尾。そして、彼女は自分の次元を守る勇者であったのだが、邪鋼帝国の侵略により故郷の星を失ったという過去をもつ。

 エルのいた世界のことを思い浮かべ、シャツを握った拳に無意識に力が入った。

「そうすると、邪鋼帝国以外にも悪の組織はあるのか?」

『私は性善説論者だが、残念ながらその問いにはイエスと答えるしかない。』

「・・・・・そうか・・・・」

 シャツに頭を通した拳路はそうつぶやき、黙ってリストコマンダーを腕に巻いた。

 

 

 浦部衛は前面のガラスモニターにアップで映し出された、漆黒の宇宙に浮かぶ衛星を指差した。

「戦艦比叡、これより時影本体に入港する。コール!サイチョウ!」

「イエス、艦長!オーダーを。」

 戦艦比叡の航行ナヴィゲーションシステム、量子コンピュータのサイチョウが起動した。

「船体を時影に向け、入港速度まで加速せよ。」

「イエス、艦長!」

 戦艦比叡は時影に向け回頭すると一気に加速し、見る見るうちに実験衛星郡、時影が大きくなっていった。

 時影に比叡が着艦するとすぐに、実験に参加する各国の主要メンバーはすべてブリーフィングルームに集められた。

 実験衛星っていっても何も地球と変わらないな、と実験メンバーの一人、聖牙は回転によって得られる人工重力で自分の重みを足に感じながら、「床」である時影の内壁を浦部と一緒に歩いていた。

 ブリーフィングルームというわりにはそこはもう講堂並みの広さであった。一番前の中央の席に聖牙と浦部がつくとすぐに時影の最高責任者が入室してきた。国籍、肌の色、性別も違う100人以上いる要員全員が起立し敬礼をする姿に、慌てて聖牙も敬礼するとどうして子供がいるのか一瞬不思議そうな顔をしてから、全員の顔を見るように彼も敬礼でかえすと、静まり返ったブリーフィングルームに壇上に上がった最高責任者の声がマイクで増幅された。最高責任者と同じ日本人である聖牙と浦部には必要なかったが、ほかの要員たちは翻訳機能を備えたインカムを耳に当てた。

「諸君もすでに充分に承知とは思うが我々はこれから、この実験衛星郡時影を使い地球規模でのコンペンセートシールドを展開する。これは予想されうる火星軍との戦闘の際に地球を完全に守るための重要な実験である。実験は時影本体の標準時間一三○○より行う。各員実験に備えよ!」

 全員が起立し敬礼をすると、みな急いで持ち場に戻った。聖牙も浦部の後について部屋を出た。

「僕達は万が一、コンペンセートシールドが暴走したときに中和すれば良いんですよね。」

 「床」を歩きながら浦部を見上げ聖牙は言った。

「そう。そのために君とセイガー達がいるんだ。我々日本のEMMTの任務は重大だ。頼んだよ、聖牙君。」

「はい!わかりました。」

 聖牙は敬礼すると、報告のため責任者の部屋を訪れる浦部と別れ、比叡のブリッジに向かった。

 

 

「それではアクシス様、行ってまいりますシャァ!必ずや人類どもを抹殺してまいりますシャァ!!」

 ワニが二足歩行できるように進化したような、硬く一つ一つが大きい鱗に覆われた不気味な人型生物、リゲートルは先ほどから足元に大きく口を開けた暗黒な空間に飛び込んだ。

 次元を超えるためにはワームホールと呼ばれるいわばトンネルを開かなくてはならない。さらに、ワームホールを開く際には膨大なエネルギーが発生し、時としてそれは暴走を起こし目標としない次元をも巻き込むことがある。今回の事件もそれが原因であった。リゲートルは安全のために自分が通るサイズよりも大きいワームホールを開いたのだった。結果、生物が単体で次元跳躍するのには充分以上の膨大な余剰エネルギーが発生した。そのエネルギーは別次元の空間にゆがみを生じさせた。そう、ある実験が行われようとしていた次元に、である。

 

 

「御連絡いたします。当機は地球連合軍の実験の影響を考え、実験終了まで本地点において停止いたします。ご了承ください。」

 月と地球を結ぶ定期便のシャトルが地球を目前にして、添乗員の放送を合図に停止した。その機体の中にはゴールデンウィークを月面都市ニールで過ごした申渡一家も乗っていた。

 

「民間シャトルすべて実験空域外で停止しました。」

 黒人の時影実験オペレーターが報告した。

「実験開始!」

 時影の最高責任者の合図で実験は開始された。

 時影本体から発せられた高エネルギーのコンペンセーシールドは無数の時影の分体衛星に反射されサッカーボールをネットで包むように地球の遥か上空に展開されていった。

 実験は滞りもなく進行し、ただ無機質に進んでいく光景を見守るだけの戦艦比叡のクルーたち。実験はこのまま無事に終わるかに思われたがしかし、彼らを必要とする最悪のシナリオが発生してしまった。

 それは実験が最終段階に入ったときのことであった。突如、時影本体のコンペンセートシールドが地球の反対側にも展開し始めたのだ。次元の歪みに流れ込むようにコンペンセートシールドが伸びていく。けたたましく鳴り響くアラートサイレン。実験指令室は警報機のライトで真っ赤になった。

「地球の完全包囲に後どのくらいだ!」

 最高責任者は怒鳴った。

「後13分です!しかし、このままだと後方に展開したシールドは5分で民間シャトルを消滅させます!」

「シャトルを後退させろ!」

「無理です!シャトルの速度では最大出力で後退しても6分で衝突します!」

「くっ!日本のEMMT!後方のコンペンセートシールドの中和を頼む!」

「了解しました!聖牙一佐、T−セイガーで出撃!陸王、海王、空王各3佐は凱旋王に合体後バックアップに回れ!」

 浦部が星形の銃創のついた右手で手許の赤いボタンを押すと、千春のコンピュータの画面が瞬時に切り替わり合体プログラムの起動が始まった。

「凱旋王への合体シグナル送信しますっ!」

 千春がパネルに表示されたエンターキーを小指でポンと弾いた。同時に合体シグナルが比叡から3体の勇者ロボットに発せられた。

『コンペンセートシールド展開っ!』

 合体シグナルを受信した3体が声を会わせ、コンペンセートシールドを展開し、暗黒の宇宙空間にまばゆい光の柱が形成された。

『武神合体!!』

 3体は叫ぶと、合体のプロセスに入った。

 光子力潜水艦に変形する勇者ロボット、海王の太く力強い紺碧の足はそのまま凱旋王の脚部を形成し、上半身は空王とドッキングする際のいわば背骨となる。

 超々音速戦闘機に変形する勇者ロボット、空王の白く流線型のボディは凱旋王の胸部を形成し、海王を包み込むように割れた機体中央からは武神のように逞しく、しかし精悍な凱旋王の頭部が出現する。

 空王の脚であったスラスターはバックパックとして凱旋王の機動力を一手に担う頼もしい存在となる。

 2連装戦車に変形する勇者ロボット、陸王は凱旋王の腕に変形し、その主砲は凱旋王の左右の肩で雄々しく聳える。大きく張り出した肩、マッシブな腕に力が漲り、緑色の瞳を光らせ、凱旋王は雄叫びを上げた。

「凱っ!旋っ!王ぉおおお!!!!」

 コンペンセートシールドの嵐が消え、そこには白、黒そして緑が美しいコントラストを醸し出す雄々しい勇者ロボットが立っていた。

 

 聖牙は直通エレヴェーターに乗り込み、トレースルームに入った。

 トレースルームで聖牙とT−セイガーは神経系をリンクし、聖牙の意思のままに運動ができるようになり、より実戦的、より効率的な戦闘が行えるようになるのである。エレヴェーター内でトレーススーツに身を包んだ聖牙はT−セイガーの視界をそのまま映し出すヘルメットをかぶり、液晶のバイザーをおろし犬笛に向かって叫んだ。

「行くよセイガー!」

『了解!』

 黒いボタンを押し込みながら、聖牙は犬笛を吹いた。人間の耳には聞こえない音波とともに電波となった信号は宇宙空間に射出され、双頭で長い牙を持った伝説上の生物オルトロスを髣髴とさせる狼型ロボット、オルトロスセイガーに届いた。

『ディヴァインテリトリィイイイイイイイーーーーーーー!!!!!!』

 オルトロスセイガーの周囲に光のフィールドが形成された。まるで一つの恒星のように輝く球体フィールドの中で合体が始まった。

『超機獣合体!』

 光球の中には狼型ロボットのほかに、2台のはしご車、最前後車両だけの新幹線の姿があった。

 オルトロスセイガーは脚をすべて折りたたむと、尻尾を背部にぴったりと張り付けると、二つの頭部が胸部へ移動する。

 新幹線が中央連結部で伸び、現れた黒灰色の部分がひざと太ももとなり、連結部をはさんで折れるように同じ方向へまわり、新幹線の先端部が上を向きつま先となる。中央の連結部に収納されていたT−セイガーの頭部が放出され、人型の脚となった新幹線はオルトロスセイガーの下面に合体するとセイガーの身長は倍近く伸びた。

 それぞれのはしご車のはしごが外れ、車体下面から太く筋肉質を思わせるマッシブな腕が出現し、狼のたたまれた前腕部を基部にそれぞれ接合する。接合をきちんと確かめるように力強く握られた拳。そして2本のはしごは背中の尻尾を覆い隠すように互い違いに合体する。そう、はしごは、はしごではなくT−セイガーの剣だったのだ。

 最後に、狼の耳のように細長いアンテナと勇者であることを示すV字の角を持った頭部が、セイガーに合体し、その赤い目が闇を照らすように光り、全身に力をみなぎらせたT−セイガーが叫んだ。

「タプファーカイトッ!!セイッガァアアアアアアアーーーーーーーー!!!!!」

 叫びがかき消すようにディヴァインテリトリーが消え、黒いボディに赤い肩、白い脚そして、胸に二つの頭と四本の牙が「聳える」勇者が現れた。

 

「T−セイガーは時影から拡大中のコンペンセートシールドを中和!凱旋王はシャトルを安全宙域まで移動させろ!・・・コール!サイチョウ!T−セイガーを追尾!コンペンセートシールドを展開しろ!」

「イエス、艦長!」

 比叡は時影のコンペンセートシールドの中和にかかった。

『了解!ディヴァインテリトリィイイイイーーーーー!!!!!!』

 セイガー達と聖牙の声が合わさった微妙なヴォイスが指令室に響くとT−セイガーは自らもコンペンセートシールドを展開しつつ、時影の後方に回り込み中和を始めた。しかし、

「時影のコンペンセートシールド増幅されました!」

 妃がインカムをむしり取りながら浦部に振り返り、叫び声のような声で報告した。すべてのエネルギーが次元の歪みに飲み込まれ、ワームホールをこじ開けていく。

「時影のコンペンセートシールドエネルギー、相対値で5500突破しました!理論値ではありえません!・・・・6000突破っ!!コンペンセートシールド変異します!」

「どういうことですか!?」

 トレースルームからシールドに押され苦しそうな聖牙の声が届いた。T−セイガーは押され、凱旋王が抱えたシャトルとT−セイガーはもう、目と鼻の先だった。恵はパニックを起こし始めていた。

「・・・どうして・・・T−セイガー周辺宙域の座標エネルギーが逆転!800i突破しました!周辺宙域にiフィールド開きます!」

「何っ!?」

 浦部が叫んだそのとき。T−セイガー、凱旋王、渚たちの乗ったシャトル、そして比叡までもが宇宙空間よりもさらに暗黒な空間に引きずり込まれた。それはリゲートルがワームホールを開いた際に出来た次元の歪みを、時影と比叡、そしてT−セイガーの発した膨大なエネルギーがこじ開けた結果だった。

 虚数空間に飲み込まれる瞬間、聖牙のバイザーの画面に、いや、聖牙の目にそれは映った。

「・・・邪悪なものがこの先の世界に出現します・・・・お願い、護って・・・」

 女性のようだった。あなたは、と声を出そうとしたが、しかし直後激しい衝撃が聖牙に襲い掛かり、聖牙は気を失ってしまった。それは今まで宇宙にいた戦艦比叡が地面に緊急着陸する衝撃だった。

 

 

 二人は屋上にいた。

「それにしてもすごい風ですね先輩。」

 スカートと髪を押さえつける雪奈。

「ほんとだぜ。参るよ・・・うわっぷ!!」

 拳路の顔面にどこから飛んできたのか一枚の新聞が覆い被さった。

「あははは!先輩ったら!」

「笑うなよ!・・・それで、話って何だよ?」

 拳路は新聞を荒々しくポケットに突っ込むと、強風の日の昼休みの屋上に呼び出された理由を雪奈に尋ねた。

「・・・今日の風・・・なんだかとても嫌な感じがするんです・・・」

 その言葉に拳路の目が少し大きくなった。

「三枝、お前もか?」

「・・・・先輩も?」

「あぁ、実はな・・・」

 拳路は朝のジョギング中にみかけた女性のことを話した。

「そんなことがあったんですか・・・・」

「こういうのはエルの方が敏感なんだけど、こういうときに限ってGEOは『邪鋼獣だ!エルを出撃させる!』って、連れてっちまうし・・・」

 噂をすれば何とやら、突如屋上で雪奈と昼休みを過ごしていた拳路のリスト・コムに斎藤恭介から連絡が入った。

「邪鋼獣と思われる未確認起動体が出現した。ポイントはグリッドW−Z。拳路、至急向かってくれ。ただ、次元共振が今回は半端じゃない。気をつけろ!」

 リストコマンダーに大写しにされた斎藤恭介に拳路とブリッツはすばやく反応した。

『行こう!拳路!』

「おう!行くぜブリッツ!ブリッツ、スタンディング・バイ!」

 リストコマンダーが放電をはじめ、モニターから眩い光が発せられると、それは小型のバギー―ブリッツスピーダーの形を作った。

「いくぞ、三枝!」

「はい、先輩!」

 拳路と雪奈が乗り込むとブリッツスピーダーは全速力で海岸を目指した。

 ブリッツの中で拳路は今朝の女性のことを考えていた。

 (邪悪なもの・・・・か。)

 ハンドルを握る拳路の両手に力が入った。

 


【NEXT】