私に与えられたもの それは天から許された刹那の時間
歩いていると 夜に包み込まれながら 歩いていると
月の光の中で 頭上の星たちが願い事を一つ唱える

家路の途中で
思い出されるのは 楽しかった日々のことだけ
家路の途中で
思い出されるのは 何にも変えられない日々のことだけ
今 家路の途中にいる私は
思い出すことができる
これから迎える新しい日々の事を

静寂の中を私は行く
一歩 また一歩と
まわりを舞う雪は さながら天使が飛び交うが如く振る舞う
そして遥か遠い彼方では
私の願いが月の光のもとに……


<12月23日午前10時37分 京都市下京区旅館『夕顔』>
「あまり寝ていなかったみたいだが?」
「まあね。ちょっと考えごとをしていたら、眠れなかったのよ」
 『夕顔』の廊下に置かれた籐製の椅子に座り、ぼんやりと外の景色を眺めている綾瀬恵
梨にファリアスが心配そうな声で話しかけた。
 夜半から降り続いている雨は衰えるどころかますますひどくなり、京の都を霧のような
空気ですっかり覆っている。
「もし、もしファリアスがカイザーと同じようになっちゃったら、あたしならどうするん
だろう? やっぱり麗奈ちゃんとみたいに、ファリアスを『眠らせ』ちゃうんだろうか?
 万が一……いや、もし万が一だけど、そんな事になったらイヤだな…………なんて考え
ていたら、全然眠れなくなっちゃって」
 いつもと同じような快活な口調だが、どこかがまるで違う……ファリアスにはそれが良
く分かった。
「辛い、だろうな……麗奈ちゃん」
「恵梨…………」
 何処か遠くを見つめるような眼で、不意に声のトーンを落とした彼女の言葉。
 その様子が、今の恵梨の心境を全て物語っていた。

 その障子一つ隔てた向こうでは、恵梨と同様に寝付けなかったのか両目を真っ赤にしたままの神代沙希が一枚の写真を眺めていた。
 それはタイマーで撮影したいわゆる『全員集合写真』で、麗奈たち戦巫女にその装甲
神たち、それに協力者である涼子や詩織が収まっている。
 まさかこの中の『誰か』が欠けてしまうなんて、撮った時は夢にも思っていなかった。
(でも……でも、今は…………!!)
 二人も自分の前からいなくなってしまったという現実が、少女の肩に重く圧し掛かる。
「絶対に…………」
 沙希は写真から机の上に丁寧に置かれているイヤリング−つまりはグランタイガーとグ
ランバイソン−へと眼を移すと、強い意志を込めた眼でじっと見つめながら呟いた。
「絶対に、離れ離れになんてならないです……!」
 そんな彼女の様子を、姿を変えている二人の猛者はただ黙ったまま見守るしかなかった。

そして……激しい雨に打たれひっそりと寝静まっているかのような雰囲気に包まれた中庭では、
和傘を手にしたこの旅館の若女将・御月那魅が小さな祠のような石碑の前でただ一人佇んでいた。
 和傘が大粒の雨を弾く、湿った音に混じって那魅の端整な唇から言葉が一つこぼれる。
「………………嫌な雨だ……」
 彼女はそう呟くと、傘の隙間から酷く濁った空を見上げた。

NXET